上士幌×音楽で繋がる人たち 〜バンド『G-clef』座談会〜
ホロロジー座談会企画、今回は、『上士幌×音楽』で繋がる人たち。4区にある『すなっく話』を中心に活動するバンド『G-clef』の皆さんに集まっていただきました。2019年に結成した『G-clef』はほとんどのメンバーが上士幌町出身。音楽を始めたきっかけから、上士幌で活動するにあたっての想いを聞きました。
WRITER
苅谷 美紅 (かりや みく)
北海道千歳市出身。テレビ番組ADをしていた東京生活から、青年海外協力隊としてブラジルへ。コロナ帰国後、MY MICHI2期生を経て、取材メンバーとして活動しています。マイブームは朝起きて熱気球を探すこと。
<バンドメンバー>
リーダー/キーボード
岡崎 和恵さん
1963年生まれ。上士幌町出身・在住。「すなっく話」経営、ピアノ講師
ギター
髙瀨 悟史さん
1962年生まれ。上士幌町出身・音更町在住。十勝管内小学校勤務
ボーカル
山本 健二さん
1960年生まれ。上士幌出身・在住。山本商会(出光シェル石油 上士幌SS)経営
ベース
高橋 秀和さん
1966年生まれ。上士幌町出身・在住。電気工事士
クラリネット/パーカッション、時々ダンス
高橋 阿紀さん
1986年生まれ。上士幌町出身・在住。かみしほろ情報館勤務
ドラム
杉山 雅昭さん
1969年生まれ。上士幌町出身・在住。(株)コントラサービス勤務
ドラム
安田 涼さん
1973年生まれ。2017年に横浜から上士幌町へ移住。(株)生涯活躍のまちかみしほろ勤務
メンバーの出会いとバンドの始まり
――このバンドは30代から60 歳を超える方まで幅広い年齢層のメンバーが集まっていますが、どんな繋がりから生まれたんですか?
まず、私と秀和(高橋秀和さん)が姉弟なんですよね。
僕と和恵ちゃんが小・中学校の同級生。僕が新得町でバンドをやっていたときに、そのライブに和恵ちゃんが来ていてね。それを見て「上士幌でもバンドを組むんだけど、ギター弾かない?」って誘われたんだよね。
そう、たまたま遊びに行ってたんだよね。それで声をかけたことが最初のきっかけだったね。健二さんは元々奥さんと仲良くさせてもらっていたんだけど、あるとき歌を聞いたらものすごく上手くて。それでバンド組むときは絶対にボーカルに誘うって決めていた。阿紀ちゃんも前に一緒にやっていたから声をかけてね。
まだ私が結婚する前でしたよね。
涼さんはたまたま阿紀さんが紹介してくれたんだよね。
何かの食事会で阿紀さんと相席になったんですよね。確かそのときに、高校時代にドラムを叩いていたという話をしたんですよ。でも声をかけられたのは、それから1年以上経ってからだったね。
そう。「涼さん、ドラム経験があるって言っていましたよね?」って。
よく覚えていたよね(笑)。
――そういえば、どうしてドラムは2人なんですか?
涼さんが参加できないときに僕が助っ人で入ったんですよね。和恵さんとも、昔からの音楽仲間だったし。
<バンドメンバー相関図>
メンバーはみんなバンド経験があったけど、健二さんだけ未経験者だったよね。
――初めてのバンドはどうですか?
上士幌町で生まれ育って、60年もこの町に住んでいるんだけど、この年齢になって30代や40代の人と一緒にやることがすごく楽しいですね。60歳になっても新しいことができるというワクワク感があります。
メンバーは和気藹々としてます。
ボーカルが若い人じゃなくて、還暦を過ぎた人がやることに価値があると思うよ。シニア世代に希望を与えられるじゃない。
健二さんは商売をやってるから、お客さんを盛り上げるのが上手いよね。
このバンドで初めてチャリティーライブをしたのが2019年の9月で、それが僕の記念すべきバンドデビューだった。
――チャリティーライブですか?
2018年に東胆振の震災があったじゃないですか。それでチャリティーライブをしようということになって、その1年後の9月にやったんですよ。チケット売上の何割かを寄付して。2020年もやりたかったんですけど、コロナウィルスが流行しちゃったから見送ったんですよね。
音楽を始めたきっかけ
――皆さん、音楽を始めたきっかけは?
私はまず親が好きだったね。その影響で小学校の頃からベンチャーズとか聞いていたから。幼稚園のときからオルガン習っていたし、それからエレクトーンを習うようになって、大人になってからは自分が生徒さんに教えるようになって。だから鍵盤は小さいときからずっとやってます。
僕は中学生のときに同級生と初めてバンドを組んだ。高校時代も続けていたけど、社会人になると一度離れちゃった。時々弾いてはいたけれど、ちゃんと再開したのはこのバンドがきっかけだな。
ブランクがあるのによく弾けてるよね。
昔取った杵柄ってやつだな。昔一生懸命練習したことって、やっているうちに思い出してくるんだよ。
僕は最初にドラムを叩いたのは中学生のときで、33歳くらいまでバンドやってた。子供ができてから一度ピタッとやらなくなっちゃったんだけど。
いわゆるヴィジュアルバンドでドラム叩いてたんですよね?
当時のリーダーがラジオのDJやっていて、その人を中心に全道をまわっていたね。CDも何枚か作らせてもらって、テレビにも何回か出させてもらったよ。
一同 えー!すごいじゃん!
涼さんはいつから叩いてるの?
僕は高校時代ですね。ディープパープルのコピーから始まって。あとは大学時代に少し。まさか上士幌でバンドやるとは思っていなかったですよ(笑)。
僕は中学3年生のときに同級生の家でフォークギターを触ったのが最初のきっかけだったな。
私は中学校の吹奏楽部で初めてクラリネットに触った。高校も吹奏楽部で、卒業してからも帯広の吹奏楽団で活動もしていて。その間も何度か和恵さんに誘われましたよね。
そうね、何度か声をかけてるね。(秀和さんと阿紀さんの)子どもたちも音楽好きよね。歌が始まるとよくリズム取っているもの。
家にも練習用のドラムやキーボードがあるからよく触ってますよ。
スティックで障子は破られたけどね(笑)。
――健二さんは60歳でバンドを始めて、ご家族の反応はどうでしたか?
最初は息子も孫も「本当にやるの!?」って驚いてたけど、ライブを見に来てくれて「かっこよかったよ」って言ってくれたことが嬉しかったですね。
良かった。スカウトした甲斐があったわ(笑)。
上士幌で活動する思い
――バンドのコンセプトってあるんですか?
自分たちや客層に合わせて、昭和の歌謡曲やポップスを意識しているんだけど、聞いた人が踊りたくなるような曲を提供することかな。
十勝管内を見れば、昭和の曲が好きな人って、すごくたくさんいるよね。さっきの新得もそうだけど、いろんな町で地元の人がバンドやってる。だから上士幌でも絶対にやりたいって思ってた。
このバンドも、上士幌のまちづくりに少しでも貢献できたらって思うよね。スナックや居酒屋でもっと演奏して、みんなを楽しませることができたらいいなって思う。この「すなっく話」も最初からライブ演奏ができるスペースを作ったんでしょ?
そう。昔からやりたいっていう気持ちはすごくあったから。エレクトーン1台でもいいから置いて何か弾けるようなお店をやってみたいって思ってて。それで自分がお店をやることになったときに、絶対に演奏できるお店にしようって思ったの。
――今はライブも難しい状況ですよね。
今は活動は自粛しているんだけど、悟史さんを中心にして上士幌町をPRできるオリジナル曲を作っています。
――へえ、どんな曲ですか?
今作っているのは『上士幌Tonight』というタイトルで、この店(すなっく話)での男女の関わりをストーリーにした曲。そして、上士幌のご夫婦の愛を歌った『ずっと一緒に上士幌』、ナイタイ高原牧場をモデルにした『ナイタイで逢いたい』っていう曲。上士幌をテーマにしたご当地ソングを、全国に発信できたらと思います。
音源を作ったら音楽配信もしたいって話してるよね。たくさんの人に聞いてもらって、皆さんと一緒にまちづくりに役立てたいなと思ってる。
ボーカルが肝心ですから、頑張ってくださいね(笑)。
はい(笑)。
みんなで盛り上げていけたらいい
――ほかにもやってみたいことはありますか?
雪が溶けて暖かくなったら、わっか(生涯学習センター)の横のステージで野外ライブやりたいな。
いや、ナイタイ高原で野外フェスでしょ(笑)!
ナイタイ高原で『ナイタイに逢いたい』演奏したいですね。
航空公園は?
バルーンフェスティバルで演奏するのもいいな。実は昔出たことがあるんだ。
道の駅もできたしね。お願いすれば外で演奏できるんじゃない?
僕は高校から町を出て行ったから、人口が減っていくことを憂えていたけど、今は逆に涼さんのような移住者も増えているじゃない。新しいものもできて町全体が面白くなっていると思うんだ。そんなときにバンドに声をかけてもらって、ふるさとの人たちと繋がっていけるのはすごく嬉しいよ。
「すなっく話」も昨年(2020年)の10月にオープンした新しいお店ですしね。
昔に比べたら人口は減っているけど、ただ寂しいって言っていても何にもならないじゃない。だから私にできることをしようって思ったの。
でも本当に、和恵さんが声をかけてくれたおかげでこのバンドができたからね。
新しい生きがいをありがとう。
せっかくお店もできたから、この「すなっく話」が上士幌をテーマにした音楽や文化の発進拠点になっていったら面白いと思う。
僕も自分の子どもの頃の原体験とか、タウシュベツ川橋梁のような観光資源も題材にした曲を作ってみたいな。町花のすずらんとか熱気球とか、テーマもいろいろあるし。
みんなで活性化できたらいいですよね。自分たちだけじゃなくて、私たちの音楽を聞いてくれる人たちも含めて盛り上げたい。
そうね、頑張りましょう!
上士幌町で生まれ育ってずっと住んでいる人、本州から上士幌町に移住して来た人、別の町で暮らしていても地元上士幌町に関わりたいと思っている人。年齢が離れていても、「音楽」を通して「上士幌」で繋がっている皆さんがとても素敵に感じた時間でした。皆さんの音楽が、一人でも多くの耳に届くといいなと思います。
バンド『G-clef』の皆さん、ありがとうございました。