北上さんだから焼かれたい、お節介
上士幌町に住む人たちを外の目線から取り上げてみてほしいと依頼をいただき、今回、上士幌町に初めて足を踏み入れることに。「まずはこの人に会っておいで」と紹介されたのは、上士幌町に移り住んで20年以上になる、とある一人の女性。
WRITER
須藤 か志こ
釧路市在住の24歳。北海道の各地域に出向き、取材や執筆をしています。この記事の執筆のため、上士幌に初めて訪れ、その面白さに心が惹かれています。
話を聞いてみると、その方は不動産屋さんでもないのに、町内の空き家情報にとても詳しかったり、町役場の方でもないのに、移住を検討している人のお世話を焼いていたりと、ちょっぴり不思議な方。一体どんな女性なのだろうと想像をしながら、北上さんの自宅へと向かいます。
その女性の元へ向かっている道の途中には、集合住宅や一軒家が立ち並んでいるのが確認できます。そのそばにはよく手入れされた庭があり、この土地での暮らしの様子が少しだけわかるような気がしました。上士幌歴20年以上ではありますが、元々は移住者であるという北上さん。北上さんは、この町のどこに惹かれたのでしょうか。
北上さんのお家に着いたので、さっそく呼び鈴を押してみると、中から「はーい」と優しい返事の声。「わざわざどうもありがとう」と言いながら出てきたのは、小柄な女性でした。この方が、私が初めて上士幌で出会った方・北上さんです。
とても勝手ながら豪快で明るい女性を想像していたので、優しそうな雰囲気に安心しながら、お家にお邪魔しました。
午前の日差しがベランダから注ぐリビングに通してもらった私は、「これ、可愛いですね」
と、挨拶もそこそこに、リビングの中心にあるテーブルを見て思わず声をあげてしまいました。
テーブルの中心に、焼きサンマを模した紙細工がちょこんとたたずんでいます。「この間遊びにきていた妹がセットを組み立てて、置いていったんです」と顔をほころばせる北上さん。「サンマもすっかり高級魚ですねえ」と世間話をしながら、北上さんのこれまでの上士幌暮らしについて伺いました。
ここで出会った人が一番のきっかけ
北上さんは、元々兵庫県のご出身だそう。50歳を迎えるまで、JA職員として忙しい毎日を送っていたと話してくれました。
当時、なかなか休みは取れなかったんですが、北海道が大好きで休みが取れるとよく旅行に来ていたんです。
北海道の中でも、この十勝エリアが好きなんですか?
そうですね。上士幌にも何度も遊びに行きました。それから富良野にも。
いろいろなところに行っていたんですね!
そう。私、ガーデニングが好きなんです。お花が有名な土地に行くのも好きで。
そういえば、ベランダにはプランターに植えられたお花が勢揃いしています。
では、上士幌に移住を決意されたのは、ガーデニングがきっかけなんですか?
それもありますけど……やっぱりここで出会った人たちが一番のきっかけですね。
上士幌の人ですか。
上士幌に、『アンダラヤ』(現在はナシラ舎)という飲食店があるんです。私と同じ関西出身のご夫婦が営んでいて、とても素敵なお店なんです。そこに通ううちに、上士幌に住むということが現実的になってきました。
「最初は、軽い気持ちだったんですけどね」とお茶目に付け足す北上さん。一方で、移住の際には役場の方がとても真剣に向き合ってくれたのだとか。
「ここの家は空いているよ」とか地元の人じゃないと知らないような物件をたくさん探してくれました。
移住をするときに、何か困ったことはありましたか?
食文化には困りましたね。北海道の食べ物って甘味が強いじゃないですか。食べ物屋さんをやってみないかと言われたこともありましたけど、関西の食文化とあまりにも違うから、絶対無理だって思ったんです(笑)。
実は、取材現場には北上さん以外にも関西出身のメンバーがいたのですが、全員首を強く縦に振っていました。北上さんは、「北海道の茶碗蒸しは、プリンみたいよ」と言っていました。そうなんだ……。
北上さんは、移住してからの生活を記録したアルバムを見せてくれました。
そこには、上士幌の景色に溶け込んだ古民家が写っています。
上士幌に来て2年経ったあと、離農跡に建っていた空き家をお借りして、和雑貨屋さんを開くことにしたんです。ふらっときてもらえるよう店の名前も「ふらーり」。一緒に暮らしていた若い子が名付けてくれて、書道家の方が看板を書いてくれたんです。
須藤さんは、菊炭って知っていますか?
いえ、知らないです。
クヌギの木を輪切りを炭にすると、菊の花のように見えるんです。観賞用としても良いし、消臭剤にもなるんです。
北海道ではクヌギの木が珍しいから、あまり知られていないかもしれませんね。
そうですね。私の住んでいた兵庫では普通のものが上士幌町では珍しがってもらえたり、逆に上士幌町では当たり前のものが他の地域では面白いことかもしれないでしょう? それを発信する場所として、和雑貨屋を始めたんです。
関西に帰省するたび、和雑貨を買い付けて上士幌で販売していた北上さん。北海道では珍しい雑貨を通し、お客さんと会話をすることが一番の楽しみだったそう。
和雑貨も好きなのですが、古いものを使うことも好きで。この辺りの地域には、骨董が多く残っています。この写真にある水瓶もすごく立派なんですけど、粗大ゴミで捨てられていて。ぜひと言って譲ってもらったんです。
ただ古いものを利用するだけじゃなくて、昔ながらのお風呂の炊き方とか暖の取り方を学ぶことが大事だと思っていました。この写真の小さな東屋の中には、五右衛門風呂を町の方に手伝っていただいて作ったんですよ。
なんてことないようにサラッと言って、写真を指差す北上さん。
上士幌町の方にはびっくりされませんでしたか?
それがね、ものすごく応援してもらいました。何もわからないけれど、やり方を知りたいっていう気持ちを伝えたら、ご親切にいろいろ教えてくれたんです。
和雑貨屋オープンと時を同じくして、近くにある雑木林の手入れも始めたのだそう。地域の人との遊び場として活用していたそうです。
当時住んでいたお家は、2019年に手放し、現在は町の中心に住んでいる北上さん。
移住当時と、現在の上士幌町は、どんな違いがあるのでしょうか。
いまは子育て世代を中心に移住してくる方が多いですが、私が上士幌町に来たときは、「高齢者に優しい町だな」と思ったんです。ここなら、終の住処にできそうだと思いました。
上士幌町は、ご近所同士の顔が見える町だな、と思いました。どこに誰が住んでいて、最近どうしてるというようなことがわかるというか。
そうですね。それを煩わしいと思う方もいるとは思うのですが、私はそれを人間防犯センサーだと思っています。外を歩いて挨拶すれば、今日は誰に会わなかったな、とか、○○さん元気なかったな、というのがわかりますよね。
たしかに。
これくらいの規模ですと、自分の存在に気づいてもらえるんですよね。
私もこれからどんどん足腰が立たなくなって、目も悪くなっていくとなったときに、存在に気付いてもらえる。誰かが様子を見にきてくれる。ここに住んでいるということを忘れられないというのは、とてもありがたいことだなと思っています。
暮らしていて安心感があるんですね。
そういうコミュニケーションがあるということを教えてくれたのは、この町なんです。
自分に楽しいことが返ってくるから
北上さんのいまに至るまでのお話を伺ったところで、現在はどんなことを思っているのか気になりました。
もちろん仕事、子育てについても重要な課題がありますが、空き家問題について思うところがあって。この町、最近まで不動産屋さんがなかったんですよね。
やっぱり上士幌にも空き家の問題はあるんですね。
上士幌町にもたくさんいい空き家はあるのに、つなげてくれる人がいない。そもそもいま空いている物件について、どこに問い合わせたらいいのかわからないという課題はずっとありました。
たしかに、古くて素敵なお家でも、「これはどこに問い合わせたらいいのだろう」と思ってしまって、次に進めないことがありますね。
そうなんです。例えば、ある高齢者さんが施設に入るとなった場合、一緒に住んでいるご家族がいなければ空き家になりますよね。すると、お子さん家族は戸惑ってしまうわけです。自分たちは別の地域での生活があるから上士幌町には住めない。でも、この空き家はどうしよう……となってしまう。
最近まで、そこをつなげてくれる方がいなかったんですね。
そうです。私も、そういう事例をいくつか見てきました。せっかく上士幌に移住したい人が空き家を探しているのに、空き家を持っている人とつながらなくて終わってしまう、というのはもったいないですよね。
「そういうことを見過ごせなくてお手伝いしているところが、私のお節介な性格よねえ」と笑う北上さん。
ですが、こういった課題は非常にシリアスで、上士幌町以外でも多く見られるのではないでしょうか。
住む場所だけじゃなくて、お店を開きたいと思っている人にとっても重要な問題ですよね。例えば、1階を店舗スペースにして、2階を居住スペースにしている、もう閉店したお店って、家賃も安く済むからよく見かけると思うんです。ただ、やっぱりそういう物件は借りにくいみたいなんですよね。
知らない人の住居とお店が隣り合っているから、ってことですよね。
そうなんです。上士幌ではまだそういうお店はなくて、何か打開できる方法がないかなと思っています。
起業応援もしている町ですし、その周辺が整ってくると、変化が生まれそうです。
自分がお世話になっている近所の方からも「あそこのおばあちゃん施設に入るから、空き家になっちゃうんだよね」という情報が入ってきますし、一方で「どこかいい空き家はないかしら」という移住者からの相談も入ってくるので、どうにかしてつなげられないかと思っています。
せっかくお互いの条件が合いそうなのに、動けないというのはもどかしいですね。
そうなんです。お節介ですけど(笑)。
取材中、ご自分のことを何度か「お節介」と表現する北上さん。
空き家のこともそうですけど、相談されるとついつい真剣に聞いちゃって。
にこにこと話す様子に、迷惑がっているそぶりはなく、むしろ楽しそうに見えます。
しかし、その笑顔のまま、
距離は取ってはいるんですけれど。
ともおっしゃいました。
やっぱり、自分も一人の人間ですから、合う人合わない人はいるんです。
北上さんからそういうお話が出てくるのは、ちょっと意外でした。
相談に乗るからには向き合いたいじゃないですか。でも、移住への熱意が感じられないな、とか、本気じゃないな、と思う人はなんとなくわかるんです。空き家を貸すのにも、信頼あってのことなので。
たしかになぁ。
いま、上士幌は子育て世代向けの政策を頑張っているところで、お子さんがいる家族が住みやすい町であることは素晴らしいです。でも、ただただ補助金がもらえるとかそういうことだけで移住してしまうと、ちょっと難しいんじゃないかなって。できれば、この上士幌の環境にも目を向けた上で移住を検討してもらえると、長いお付き合いができるんじゃないかなと思います。
北上さんはこう続けます。
私、相談してくれる方に、「いつでも連絡してね」とは言うけれど、携帯電話は持ちません。メールのやり取りって、全部きちんと対応しなきゃいけないでしょう?それが苦手なので、家の電話だけを使っています。
きっと、北上さんが携帯電話を持ったら、いろんな人からメールやら電話がいつでもかかってきてパンクしちゃうと思います。
いまどきなんで持っていないの? って言われるんですけど、きっとこれからも持たないようにすると思います。携帯電話があったら便利だと思うんですけれど、お出かけするときも、地図を見たり写真を撮ったりはあまりしないようにしていて。
行き当たりばったりの旅の楽しさ、わかります。写真を撮らないのは何か理由があるんですか?
写真じゃなくて、肉眼で見るのが面白いんだと思うんです。私、匂いで出かけるんですね。
匂いですか?
そう。その土地の匂いをかいで、それで行き先を決めたりします。
匂いで旅先を決める方、初めて出会いました。
話が逸れちゃいましたけれど、北上さんが距離を取りながらもお節介を焼く、というのは、なぜなんでしょう?
それは、自分に楽しいことが返ってくるからです。
例えば自分が空き家を紹介するときに、そこに住む方がどんな人なのか、お店をやる方なのか、もしそうならどんなお店なのか、考えただけでワクワクするんです。自分自身もそうですけれど、「自分の手で何かを作る」ということを楽しめる人が好きなんです。
人が楽しんでいると、北上さんも楽しくなるということですね。なんでも楽しめることが大事ですよね。
この町は確かに大きなショッピングモールや便利な施設はないかもしれないけれど、薪の割り方を教えてもらったり、五右衛門風呂の作り方を教えてもらったり、それを楽しめる人がどんどん増えてほしいなと思っています。
よく地方に住んでいらっしゃる方は、移住者に対して「こんな田舎にわざわざ来るなんて、どうしちゃったの?」ということを言ったりしますが、北上さんも言われたりしますか?
やっぱり移住当初は言われましたけれど、それって地元の人の挨拶であり、照れ隠しなんですよね。「こんなところ」とは言いますけれど、それでもほかの場所には住みたくないって言いますから。
照れ隠し! そうか、あれは照れ隠しだったんですね。
そうそう。だから、私はわざわざ言葉にして言いますよ。「いやいや、ここは夕日が綺麗ですよね」「星がよく見えますね」って。そうしたら、地元の人も「そうなんだよ」って言い出して。本当はずっと前から知っているのに、いま気づいたような感じで(笑)。
そこまで言ってから、「やっぱりお節介だわ、私……」と、ご自分に対して呆れたような、でもどこか愉快そうに呟いた北上さん。
自分が楽しいと思うことを理解していて、それを叶えるために上士幌に移り住み、自分を偽ることない暮らしをされています。
北上さんが手入れをし、地域の方との交流を楽しんでいたお庭の名前は、「自遊ガーデン」と名付けたのだそう。
「『自』分が『遊』ぶための場所なんです、あくまで」と言ってまた笑った顔を見て、北上さんにお節介を焼かれたい人たちが集まる理由がはっきりとわかりました。