「大切にしたい生き方を、未来の私に約束する」-石井日奈子・マイミチストーリー
北海道・十勝の上士幌町で「遊ぶ・学ぶ・働く」を体験する1カ月間の滞在型プログラム、それが「MY MICHI プロジェクト」だ。2021年7月〜8月に第4期が開催され、全国から5人の若者が参加した。5人は何を思いこのプログラムに参加したのか。それぞれの「マイミチストーリー」がそこにある。
MY MICHI 4期生
石井 日奈子(ひな)
|いしい・ひなこ|1999年生まれ、東京都出身。大学ではメディアと社会の関わりについて学ぶ。旅行や漫画、歩くことが好き。地域活性化に興味があり「MY MICHI プロジェクト」に参加。ニックネームは「ひな」。
「今の自分は本当の自分じゃない」就職活動で抱いた心の葛藤
就職活動が始まった。
エントリーシートを提出し、試験を受け、面接へと進む。ひなは、いくつかの企業で面接を受けていくうちに、「面接を受けている今の自分は本当の自分じゃない」と感じるようになっていた。
好奇心が旺盛なひなは、一つのことに没頭するよりも、いろいろな経験をしてみたいと思うタイプだ。だが、面接でそれを伝えると物事を継続できない人間と捉えられてしまう。
リーダーシップがあり、主体性を持って行動でき、周囲を巻き込んで何かを成し遂げられる……企業が望むのはそんな人材だ。面接官に好印象を残すためにそんな人材を演じ、綺麗事ばかりを並べていく。やってもいないことをやったと嘘をついたこともある。面接官の前にいる自分は、偽った自分。ひなは、そんな自分が次第に嫌になっていた。
好奇心旺盛なひな。チャレンジできることは何でもやってみる
また、電車に乗れば疲れた顔のサラリーマンばかりが目に留まる。「私も社会に出たらこんな大人になってしまうのでは……それなら大人になんかなりたくない……」。そう思うと社会人になることが怖くて仕方がなかった。
友人たちは次々に進路を決めていく。だがひなは、どうしてみんな素直に就職の道を選ぶのかが疑問だった。進路を決めるのは、人生でとても大きく、大切な決断のはずだ。なぜそんな重要な決断を簡単に下せるのだろう?
プログラムでダウンヒルサイクリングを体験。十勝三股での一コマ
自分はまだ内定をもらえていない。面接で落とされる理由もわからない。物事をうまく進められない自分に苛立った。将来はどうなってしまうのだろう? そんな不安が心を苦しめた。
周りとのペースも合わず、就職活動に疲れてしまったひなは、何に対しても興味を抱けなくなっていた。何もしたくない無気力な状態が続いている。
そんなときだ。インターネットで「MY MICHI プロジェクト」を見つけたのは。
「地域の役に立ちたい」その思いでプログラムに参加
「『MY MICHI プロジェクト』を見つけたときにはビビッときました。応募は直感ですね(笑)。元々、地域活性化に興味がありましたし、就職活動でモヤモヤしていたので、その気持ちが解消されるかもしれないという期待もありました」
東京生まれのひなは、現在大学4年生。就職活動をしている中、インターンシップの応募サイトで「地域活性化」と検索して出てきた一つが「MY MICHI プロジェクト」だった。
「小さい頃から、茨城県に住んでいる祖母の家に遊びに行っていたのですが、昔は賑わっていた界隈が少しずつ寂れていく様子を見て、寂しさを感じていたんです。それで、活気ある地域をつくるにはどうすればいいのだろう? ということを考えるようになりました。それが地域への興味のきっかけです」と、ひなは話す。
ナイタイ高原牧場で。上士幌でしか見られない絶景に感動
そんなひなは、高校生のときには、石川県の農村でボランティア活動を経験し、農業などを手伝った。過疎化が進み、住む人も少ない地域であったが、都会にはない自然や空気がそこにはあった。
また大学時代にもフィリピンでボランティアを経験した。1カ月間ホームステイをして、植林活動や現地の学校を手伝った。ボランティア活動を通じて、人の役に立つ喜びも知ることができた。
そんな経験から、いろいろな地域を見てみたいと思うようになった。その土地、その地域のために何か役に立つことがしたい。ひなはいつからか、そんな思いを抱くようになっていた。
4期の仲間たちと。左から、ひな、なわっちゃん(縄田柊二)、りーたん(田中理紗子)、あかりん(伊藤あかり)、こなつ(野中小夏)
「十勝・上士幌という場所もポイントでした。実は中学生のときに、家族旅行で糠平に来たことがあるんです。それも思い出して、北海道で地域の役に立てることをしたいという気持ちになりました」と、ひなは振り返る。
こうして「MY MICHI プロジェクト」に参加したひなだが、思わぬ悩みと直面することになる。
「私はここに、何をしに来たのだろう?」
ひなは、元々は第3期で参加する予定だった。しかし、首都圏に緊急事態宣言が出ていたことで3期開催が中止になり、4期生として参加することとなったのだ。このとき、ほかの4期メンバーはすでに決定していて、ひなは後から加わったメンバーであった。
「3期を中止する連絡があって、その後で4期は開催するからそこになら一緒に参加できると案内がありました。参加を決めたのは開催2週間前で、ちょっと慌ただしかったんですけど、チャンスは逃したくないと思って決めたんです」
このとき、先に参加が決定していた4人は上士幌で活動するテーマを決めるために、何度かのリモートミーティングを繰り返していた。そこにひなも加わり、ひな自身のテーマを決めるための議論を重ねていった。だが、結果ひなだけはテーマを決めずに参加することとなる。
「深掘りしていく時間がなかったんですよね。子供の頃から本を読むことが好きだったので、上士幌での経験をストーリーに綴ったらどうかというアイデアもあったのですが、それだとそれを書くためにプログラムに参加していることになる気がして。本来私がしたかった体験ができなくなると思ったんです。それで主催のまちづくり会社の方にも相談して、私はテーマを持たずに参加することになりました」
急きょ4期に参加することとなったが「参加して本当によかった」と話す
そうして4期生として参加したひなだが、参加してすぐにちぐはぐな気持ちに陥ってしまう。それは、ペップトークというワークを行った後に抱いた心境だ。
「ペップトークは、お互いのことを話し合って気持ちを高めていくワークです。みんなはどんどん深い話をしていくのに、私はあまり自分のことを話せなかったんです。私は途中参加という意識がどこかにあって、なかなか心を開けなくて。それで不意に、『私はここに、何をしに来たのだろう……?』という気持ちになってしまって、落ち込んでしまったんです」
そんな気持ちになってしまったひなは、プログラムに参加していても、シェアハウスでも、疎外感を感じて過ごしていた。今では、それは自分がそう思い込んでいただけだったことを理解しているが、そのときは気づいていなかった。
仲間たちを理解し、お互いを支え合える関係に
「心の中ではみんなと仲良くなりたいとずっと思っていたのに、なかなか自分から踏み込めませんでした。でもそんな私に対して、みんなはすごく優しく接してくれて。それで少しずつ自分のことを開示できるようになりました」
プログラムで一緒に過ごす時間が増えると会話も増え、お互いのことを理解できるようになっていく。辛い過去を開示してくれるメンバーもいた。そうしているうちに、ひなも自分のことが伝えられるようになっていった。
こなつの食材探しで、一緒に農家さんを手伝う
こなつは、ひなが悩んでいる様子を察してか、よく話しかけてくれた。その優しさがうれしかった。あかりんは、話しているといつも安心感を感じて、心を許せる存在だった。りーたんは、初めは気が強そうに見えて、緊張しながら会話をしていた。でも他人の気持ちを誰よりも思いやれる人だった。なわっちゃんは、真面目そうに見えるが少し抜けているところもあり、それが可愛らしいと思った。
「ちょっと時間はかかりましたけど、仲間たちとも打ち解けられるようになってきて、少しずつ自分の中に変化を感じるようになりました。みんなそれぞれ個性があって、得意不得意を持っている。自分が苦手なことは、他の得意な誰かが埋めればいい。そうやってお互いを支え合うことができる関係になりました」
なわっちゃんの「マラサダカフェ」もスタッフとして参加
仲間たちと信頼関係を築いたひなは、自分だけテーマを持っていない分、ほかのメンバーのテーマを全力で応援した。みんなそれぞれに悩みながらも、やりたいことを実現させるために頑張っていた。そんな仲間たちを支えることは、ひな自身の喜びとなった。
なわっちゃんのマラサダカフェ、あかりんのヒーロー企画、こなつの0円食堂、仲間たちと喜びを共有した時間は、ひなにとってもかけがえのないものとなった。仲間たちに支えられて共に過ごした1カ月間は、一生忘れることのできない素晴らしい思い出となった。
あかりんのヒーロー企画でPOPづくり
「私も、上士幌の人たちのようになりたい」
ひなは「MY MICHI プロジェクト」を経験したことで、一つの道にとらわれない、いろいろな生き方があることを知った。
上士幌には「自分がこうありたい」「他人にこうしたい」と、自分の意志で行動している人たちがたくさんいた。自分のことだけを考えるのではなく、他人を思いやる気持ちを持った人たちに出会った。そんな町の人たちと触れ合っているうちに、自分もこんな大人になりたいと思うようになっていた。
上士幌での一つひとつの経験が、ひなにとってかけがえのないものとなった
「上士幌の皆さんは、『ひなちゃんはどう思う?』って、私の意見や考えを聞いてくれました。そして私の言葉にきちんと耳を傾けてくれた。それがすごく嬉しかった。本音で話すことを怖がる必要はないんだなって、受け止めてくれる人は必ずいるんだって思いました」
就職活動中は辛い記憶しかなく、社会に出ることや将来への不安で押しつぶされそうになっていた。でも、この上士幌での体験を得て、生き方は自分で決められることを知った。自分の未来を悲観することなく、楽しみに思えるようにもなっていた。
自分の生き方を縛り付けていたのは、ほかでもない、自分自身だった。
プログラム最終日。仲間たちと、上士幌の皆さんに心から「ありがとう」
ひなは、9月から大学を1年間休学することに決めた。この時間を使って、自分自身の心の声をしっかり聞いていこうと思う。自分が本当に好きと胸を張って言えるもの、のめり込めるものを見つけたいと思う。
上士幌で出会った人たちは、自分だけの好きなものを持っていた。世の中の評価や価値観ではなく、自分自身の価値観で動いていた。他人のためにも、損得ではなくやりたいという気持ちで動いていた。
「私も、上士幌の人たちのようになりたい。上士幌への感謝は、この先絶対に忘れません。お世話になったすべての皆さんに、ありがとうを伝えます」
上士幌で得たかけがえのない大切なものを、これからも忘れることなく生きていく。それを未来の自分に約束したい。それが石井日奈子の「マイミチ」だ。
TEXT:コジマノリユキ
2018年4月より上士幌町在住のライター。1976年生まれ、新潟県出身。普段は社内報の制作ディレクターとしてリモートワークをしています。写真も撮ります。マイブームはけん玉。モットーは「シンプルに生きる」。