「自分の気持ちに、正直に生きる」-伊藤あかり・マイミチストーリー
北海道・十勝の上士幌町で「遊ぶ・学ぶ・働く」を体験する1カ月間の滞在型プログラム、それが「MY MICHI プロジェクト」だ。2021年7月〜8月に第4期が開催され、全国から5人の若者が参加した。5人は何を思いこのプログラムに参加したのか。それぞれの「マイミチストーリー」がそこにある。
MY MICHI 4期生
伊藤 あかり(あかりん)
|いとう・あかり|1997年生まれ、千葉県出身。自分自身を見つめ直したいと「MY MICHI プロジェクト」に参加し、子どもたちが町の困りごとを解決する「まちの小さなヒーロー」を企画。ニックネームは「あかりん」。
疲れ切っていたときに差し込んだ一筋の光
「私は一体、何のために働いているんだろう……」
あかりんは、疲れていた。専門学校を卒業後、千葉県内の小児科病院で医療事務の仕事に従事していた。職場の人間関係も良好で、新卒で入職してから2年が経ったころには、任される仕事も増えて、充実した日々を過ごしていた。
しかし、3年目になると業務量はますます多くなっていく。平日は忙しく時間が流れていき、休日は体を休めるために部屋で寝ているだけ。いつしか働くことの意義がわからなくなっていた。2020年の年末には体調を崩してしまい、休職しなければならないほどに追い込まれていた。
なぜこうなるまでに働かなければならなかったのか。休職中、ずっと考えていたが、答えは出なかった。
旧国鉄士幌線・幌加駅跡を散策
年が明けて職場に復帰したが、忙しい毎日は変わらなかった。余裕がなく、小さなことにもイライラしてしまう。そんな自分が嫌で仕方なかった。
「このままでは本当にダメになってしまう。何とかしないと……」。精神的にも追い詰められていたあかりんは、ある日、インターネットであるプログラムを見つけた。「自分らしく生きる」「自分自身を見つめ直す」。その言葉が、一筋の光としてあかりんの心を照らした。
「このプログラムなら、自分自身と向き合えるかもしれない」
直感的にそう思ったあかりんは、応募のボタンを押していた。それが「MY MICHI プロジェクト」だった。
上士幌は熱気球が盛ん。プログラムでは熱気球搭乗も体験
「あかりんは、どう思う?」
「MY MICHI プロジェクト」に申し込んだあかりんは、他の参加メンバーと一緒にリモートで事前ミーティングを繰り返していた。その場では、上士幌町で活動するための自身のテーマを決めたり、プログラムの意見交換などを行っていた。
あかりんは、そこで思わぬ壁にぶつかることになる。
「自分の意見をうまく伝えることができなかったんです。これまで、仕事でも意見を求められる機会は少なかったし、自分の考えを伝えても聞いてもらえることも少なかった。いつしか意見を言わない方が楽になっていたんですよね」と、あかりんは話す。
「あかりんは、どう思う?」
ミーティングでは何度も意見を求められた。でも、うまく伝えることができない。その歯痒さをずっと感じていた。
「自分の意見を言うことに恥ずかしさもありましたし、他のメンバーへの劣等感もありましたね。みんな、やりたいことがいっぱいあって、アイデアもたくさん持っていた。私はなかなかテーマも決まらなくて、気後れもしていました。今だから言えますが、参加しても意味がないんじゃないかとも思い始めていました」
町の人たちとも触れ合う
あかりんは、ギリギリまで参加を悩んでいた。社会人の彼女は「MY MICHI プロジェクト」参加のため、職場に退職の意思を伝えていた。でも、これまで通り仕事を続けていた方がよいのではないか? 何度もそう考えた。
「もう、行きたくない……参加を取り止めよう……」
あかりんは、プログラムを主催するまちづくり会社のスタッフに相談した。すると、こんな言葉が返ってきた。
「あかりんは、経験がないだけ。経験なんていくらでも積めるから、今回をその機会にすればいい。何も持たずに来たらいいよ」
この言葉で、胸が軽くなった。行きたい。みんなに会いたい。あかりんは、上士幌へのチケットを手配した。
小さな自分でも誰かの役に立つ
上士幌でのあかりんのテーマは「まちの小さなヒーロー」に決まった。町の困りごとを小学生の子どもたちが解決するという企画だ。
子どもが好きというあかりんは、社会人になるときの進路を保育士か医療事務で考えていた。選んだのは医療事務だったが、勤務先の行院では院内学級も手伝っていた。
プログラム初日のあかりん。表情には緊張感が
「上士幌町での活動テーマを決めるときに、自分に何ができるだろう? ということをずっと考えていました。ミーティングでみんなとブレストを重ねていく中で、『子どものころ、何になりたかった?』という話題になって、そのときまちづくり会社の方が『自分はヒーローになりたかった』と言ったのを聞いて、これだ! って思ったんです」
子どもについて考えるとき、あかりんは自分の幼少時代を思い出す。それは、地域の人たちに優しく接してもらった記憶だ。外で一緒に遊んでもらったり、親に怒られて家に帰りづらかったときに、うちにいればいいよと家に上げてもらったこともある。
あかりんは、地域の人たちが優しく見守ってくれていたことに安心感を抱いていた。子どもにとって、安心安全な環境で育っていることを実感できるのはすごく良いことだと、自身の経験を通して信じている。
子どもたちと一緒に汗を流した
「子どもたちに、地域とつながっていることを感じてもらいたんです。それに、小さいころに誰かの役に立つ経験をすることは、すごく大きな財産になると思う。その経験が子どもたちの可能性を伸ばしていく気がするんです」と、あかりんは言う。
来町前にヒーロー企画のチラシを作成し、まちづくり会社を通じて小学校に配布していた。どれくらいの子どもたちが参加してくれるだろう。胸をワクワクさせながら、上士幌町へと旅立った。
意地を張っていた自分を受け入れてくれた仲間たち
7月14日、「MY MICHI プロジェクト」がスタートした。最初の1週間はサイクリングやネイチャートレッキングなどのプログラムを中心に日々が過ぎていく。都会で体験できないプログラムはどれも新鮮で刺激的だった。だがその一方で、ヒーロー企画への参加者は全く集まらなかった。
なぜ参加者が集まらないのだろう……? あかりんに余裕がなくなっていく。合わせて、仲間たちと過ごすシェアハウスの生活にもストレスを感じ始めていた。
「一人になれる時間がなかったことや、参加者が集まらない焦り、他のメンバーの企画が進んでいることなど、いろんなことが重なって、それがすごく辛かった。仲間たちがキラキラして見えて、企画が進まない自分に引け目を感じてしまった。みんなが一緒に夕食を取っているときに、私だけ部屋にこもっていたこともありました」
シェアハウスでのミーティング。メンバーにもたくさんアイデアをもらった
メンバーと比べてしまう自分が嫌だった。何をしてよいかわからなくなり、何も行動できない自分を恥ずかしいと思っていた。それを変えてくれたのは、ほかでもない、同じ4期の仲間たちだ。
「みんなも心配してくれたのか、あるとき、ゆっくり話をしたんですよね。そこで自分の気持ちを素直に伝えました。みんなちゃんと私の話を聞いてくれて、私を受け入れてくれた。それがすごく嬉しかった。どこかで私自身が意地を張っていたんですよね。それに気づいたとき、気持ちがスッと楽になりました」と、あかりんは振り返る。
「私たちにもできることは手伝うから、どんどん任せて」
仲間たちもそう言ってくれた。その言葉が何より嬉しかった。意地を張らずに、素直に甘えようと決めた。現状を確認し、やらなければならないことを一つずつ整理していった。
かけがえのない仲間たち。左から、こなつ(野中小夏)、なわっちゃん(縄田柊二)、ひな(石井日奈子)、りーたん(田中理紗子)、あかりん
ヒーロー企画を実現するには、町の人たちの困りごとも知らなければならない。メンバーにも手伝ってもらいながら、1軒1軒地道に町内を回った。参加者を集めるために、まちづくり会社スタッフを通じて、小学生を持つ親御さんを紹介してもらい、会いに行った。直接会って説明すると、「良い取り組みですね。それなら子どもを参加させたい」と言ってくれた。
結果、4件の困りごとが集まった。家具のペンキ塗り、敷地の雑草取り、庭の苔取り、店舗の窓拭き。子どもたちは14名が参加することとなった。
参加した子どもたちは、みんな真剣に取り組んでいた
自分を好きになれたことが一番の変化
「楽しかった! またやりたい!」
ヒーロー企画に参加した子どもたちから、一様にそんな声が上がった。保護者の方からも「こういう機会をもっとつくってほしい」「終わって子どもが『すごく楽しかった』と話してくれたので、本当に楽しかったんだと思いました」という感想が聞かれた。この日、上士幌に、14名の小さなヒーローが誕生した。
あかりん自身も、子どもたちと一緒に過ごした時間が心地よかった。ある子は「私、このチームで参加できてよかった!」と言ってくれた。何よりも嬉しい言葉だった。
ヒーロー企画に参加した子どもたち
「私はやっぱり子どもが好きだ」
プロジェクトを終えて、あかりんは改めてそう思った。
あかりんは、手伝ってくれた仲間たちにも素直に「ありがとう」と言葉を伝えた。私を受け入れてくれてありがとう。一緒に悩んでくれてありがとう。力を貸してくれてありがとう。気持ちを素直に伝えられるようになったことは、あかりんの大きな成長だった。
「自分という存在を受け入れられるようになったこと、それが私自身のもっとも大きな変化です。上士幌での経験を経て、自分を好きになることができました。仲間たちとの出会いはもちろん、上士幌の人たちとの出会いも大きかったです。温かくて優しい人たちが多くて、自分もそんな存在になりたいと思える人たちにたくさん出会いました」
上士幌ではたくさんの出会いがあり、多くのことを学んだ
あかりんは「MY MICHI プロジェクト」に参加したことで、素直に生きることの大切さを学んだという。
「上士幌に来るために仕事を辞めてきましたが、後悔はありません。私はこれから何でもできるし、何にでもなれると思うから。これからは、自分がやりたいと思ったことは何でも挑戦していきたいです。例えば、食や子どもに関わるための子ども食堂や、高齢者と子どもたちが関われるコミュニティづくりもいいかもしれない」
誰とも比べる必要はない。私は私。自分を信じて生きていけばいい。未来を見つめる伊藤あかりの目は、キラキラと輝いていた。
「自分の気持ちに正直に生きること。それが私のマイミチです」
TEXT:コジマノリユキ
2018年4月より上士幌町在住のライター。1976年生まれ、新潟県出身。普段は社内報の制作ディレクターとしてリモートワークをしています。写真も撮ります。マイブームはけん玉。モットーは「シンプルに生きる」。