「また来たい」と思ってもらえる機会をたくさん作りたい。中村屋・中村健次さん
上士幌町滞在中に宿泊した、ぬかびら源泉郷の宿「中村屋」。心のこもったおもてなしで何度も泊まりたいと思った宿でした。その中村屋の三代目中村健次さんにお話を聞くことができました。中村さんは、優しく温かい雰囲気を醸し出しながらも強い芯を持ち、自分がいいと思うことを行動に移し続けてきた人でした。
WRITER
田中 亮 (たなか りょう)
JICA訓練生。1982年生まれ。茨城県出身。自然が好きで、土や水の分析をしてきました。自然豊かな上士幌町に「個性」を感じています。もっともっとこの町の「個性」を発掘していきたいです。
ー中村さんのこれまでの経歴を教えてください。
神奈川県出身で2020年で43歳になります。スノーボードが好きで中村屋でアルバイトしていた20年くらい前に、今の妻と出会い結婚したんですよね。結婚をきっかけに旅館を引き継ぐことになりました。当時は、部屋が50室ほどもあり、ほとんどが団体客中心でした。どこの誰が宿泊したのかもわからず、経営は火の車状態。正直、仕事がおもしろくありませんでした。そこで、もっとお客様に自分の手が届きやすい宿を目指そうと17室に縮小し、その代わり、一部屋ずつ喜んでもらえるような部屋づくりを目指しました。宿とお客さんとがつながることを大切にしています。
ーこだわりはありますか?
チェックインからチェックアウトまでいかに「ここにいたい」と思える仕掛けをつくれるかにこだわりました。一人で時間を過ごせる「ヒトリシズカ」という部屋や、備品を備えた「エゾリスの穴」という部屋をつくりました。最近では、ピアノを弾きたいというお客様のために、近くにピアノを弾ける環境を整えました。チェックインを12時にして、チェックアウトを翌日の午後3時の27時間体制を実施したこともありました。今はコロナ禍で休んでいる宿もありますが、近所の宿と協力して温泉巡り企画も実施したりしています。
ー部屋に特徴を付けているんですね。例えば、エゾリスの穴はどういうコンセプトなんですか?
一般的にホテルの部屋には、アメニティ、備品が置いてありますよね。持って帰るためのアメニティということもあり、高級品だったりすることが多いです。でも、私だったらアメニティの分、安く泊まりたいなと考えて。この部屋では、ちょっとした備品を忘れたときのために、爪切りやドライヤーなど100品くらいの備品を準備した部屋を作ったんです。エゾリスは冬を乗り越えるために木の実などのエサを掘った穴に埋めて貯蔵しておく習性があるので、エゾリスの穴と名付けました。
ーお土産が特徴的ですよね。ついつい買ってしまいたくなるものばかりです。
どこに行っても買えるような温泉饅頭やキーホルダーではなく、自分が過ごした時間を買いたいと思ってもらえる、いいものを置きたいと思っているんですよね。部屋には、熱気球の布を再利用したお風呂バッグがあり、大浴場には環境にやさしいものを使いたいというお客様のためにオリーブオイルから作った手作り石鹸が置いてあります。ロビーには、韃靼(だったん)そば茶を沸かしていて、誰もが飲めるくつろぎやすい空間を作っています。それら全てがここで購入できるようにもしています。自分たちが知っていることや提供していることは惜しみなく伝えたいですし、「また来たい」と思ってもらえる機会をたくさん作りたいなと考えています。
ー中村屋さんの手作り家具はすごいですね。もともとご経験があったのですか?
ここに来るまで大工仕事は経験したことがなかったんですよね。プロに聞いたり、インターネット動画を参考にしたりして独学で作っています。部屋を一つずつ壊してから内装に取りかかるので、壊したら作らなければいけないという気持ちになり、いい意味でのプレッシャーになっています。
ー材料などはどうしているんですか。
ほとんどがもらいものです。近所の方が、木材などの材料や使わなくなった家具があると、中村屋さんだったら使ってもらえるんじゃないかということで自然ともらえるんですよ(笑)。
ーこの本棚はインパクトがありますね。
先代がスキーの選手だったので、ビンテージの板に釘を使わないように組み合わせて本棚を作りました。
ー宿の宣伝はどうされているんですか。
以前は、ラジオや広報誌などに広告は出していましたが、今は止めています。特にパッケージツアーなどに組み込まれてしまうと泊まるところは軽視されがちで、実際にツアーに参加したお客様は、どこに泊まったか覚えていないという現実もあります。
ー常にお客様目線ですね。最後に常に心がけていることを教えてください。
旅行すること自体は好きなので、旅行してこういうのがあったらいいなと思うことは取り入れています。ただ、私たちのコンセプトに宿泊客全員が賛同してくれるわけではありません。Aさんは共感してくれたけれど、Bさんはそうではなかったということはあります。常に同じ目線を持っている人と共感することを心がけています。自分の価値観を安売りせずに、守っていきたいとも思っています。
泊まった感想と中村さんの話を聞いて
中村さんは、経営者としてではなく宿泊客としての目線を常に忘れず、手作りにこだわり、廃材を再利用して作り上げられた美しい棚や痒い所に手が届くような備品を置いたりと、どうしてもワクワクが止まらなくなる、そんな好奇心をくすぐる素敵な旅館を作り上げていらっしゃいました。これでまだ成長途中というのだから、次はどんな要素が増えているんだろうかとついつい気になってまた泊まりに来てしまう人もいることでしょう。
かく言う私もすでに魅力に取りつかれてしまったため、まだ気づいていないこだわりを探すために、もっと泊まりたいと心の底から思いました。宿泊客がいいと思ってくれるようなこだわりを実行してきた中村さんの広い視野と豊かな想像力から学ぶことは非常に多いように感じました。
【糠平温泉 中村屋HP】
https://nukabira-nakamuraya.com/