復活!上士幌の豆腐屋さん~「まめけん」中村哲郎さんの起業ストーリー~
上士幌町は人口規模でいえば5000人程度の小さい町ですが、実は町内で起業をされた方や起業を目指す方が一定数いらっしゃいます。
今回から、上士幌町で行っている『かみしほろ起業塾』※を受講され起業された方や、その道の途中にいらっしゃる方など、なりわいを自分で創ることに挑戦している皆さんにインタビューを行い、不定期で紹介していきたいと思います。
※『かみしほろ起業塾』は起業を志す町民を対象に、創業計画書の作成を指導するセミナーです。
今回ご紹介するのは、上士幌町で豆腐屋「まめけん」を開業したBeans Labo.PWDの中村哲郎さんです。
WRITER
渥美 緑(あつみ みどり)
2022年1月より静岡県から上士幌町へ移住。地域おこし協力隊としてまちづくり会社で活動中。上士幌町で出会う人、ものは基本すべて“初めまして”です。その”初めまして”の瞬間を言葉にして発信できたらいいなと思います。
PHOTOGRAPHER
土門 史幸
フリーカメラマン。2021年6月から上士幌町で地域おこし協力隊としてまちづくり会社で活動中。苫小牧市出身。写真や動画で地域の魅力を伝えたい。空・水中ドローンも扱えます。
中村さんは2017年に上士幌町へ移住され、2019年に『かみしほろ起業塾』を受講された後、商品開発を進め2022年の7月に豆腐屋「まめけん」を開業されました。
中村さんの起業に至るまでの経緯、起業にあたって悩まれたこと、現在の想いをお伺いし、最後に上士幌町で起業を志す方へのメッセージを頂戴しました。
Beans Labo.PWDの中村哲郎さん
中村さんが「豆腐屋さんの中村さん」になるまで
―それでは早速ですが、まず起業のきっかけについて教えてください。
はい。きっかけとしては単純に食べることが好きで、その中で特にお豆が好きということもあったのですが、起業に至るまでに色々なことを考えて、行動していました。
僕は普段からエコに興味をもっていて、その延長でおからの出ないエコな豆腐屋さんをやりたいと思ったことがそのうちの一つです。
少し脱線しますが、上士幌町には大学の時に熱気球の大会で初めて来町しました。その時から、退職したら将来はこういうところで暮らしたいなぁとずっと考えていたんですけど、それが叶って、この町に移住して、熱気球のインストラクターもやっています。
今、町議もやらせていただいているのですが、せっかく移住して住むなら、上士幌町をさらに良い町にしていくお手伝いをしたいと思って立候補したんです。
前職では全国色々なところを出張でまわっていたんですけど、他の地域に比べて、北海道は第一次産品がすごく豊かで、でもそれを活かした加工品があまりないという印象でした。
だから、町議に立候補する時に、六次産業化で北海道の産業を活発化させたいと思って、それを公約の一つにしました。
そして上士幌町には主な第一次産品として大豆がある。
大豆を使った加工品ならお豆腐だよなぁと思って。
実際、昔は上士幌町にも豆腐屋が4~5軒あったみたいなんですけどね。
それで冒頭に話したおからの出ない豆腐ともつながって、まずは自分で豆腐の商品開発をはじめたというわけです。
-熱気球のインストラクターであり、町議でもある中村さん。すでに複数のなりわいをお持ちの中で、なぜまた新たに起業されて、そしてなぜ豆腐屋さんなのだろうと思っていました。
中村さんの中ではそういった一つ一つのなりわいが全て繋がっていたんですね。
はい。色んなものが結びついて豆腐屋になろうと思った感じですね。
-移住前から起業を検討されていたというよりも、全てが繋がった中で起業に行き着いたという感じでしょうか。
移住する前から、うっすらと豆腐屋やりたいなっていうのはあったと思います。
おからの出ない豆腐の発想は、移住前に知り合った三重県にある豆腐屋さんから得たものだったんです。
移住前いよいよ定年が近づいた時に、これから何をしようかなと考え始めて、その豆腐屋さんのことを思い出して、連絡を再開したりはしてましたからね。
-そうすると、そういった想いを形にするのに、『かみしほろ起業塾』の存在が背中を押したという感じなのでしょうか。
もちろんもちろん!とっても大きかったです。
だって起業しよう!と思っても、起業にあたって何を準備すればいいかわからなかったですから。
一応資金は用意してたんです。ただ実際に、設備を準備するための見積りをとってみたら、高っ!!てなりましてね(笑)
その見積の金額が自分のやっていこうとしている事業と採算が合っているのか?というところを明確にしてもらったのが『かみしほろ起業塾』でした。
自分の想いをかけた商品をいくらで提供して、そしてそれが設備などの費用と見合っているのか、バランスをどのようにとって、どう成立させていくのかというところが明確になりました。それと事業着手金支援制度があるのも、ありがたかったです。
-確かに、起業しようという意志だけでは何から手をつけていいか全くわからないですよね。
納得できる豆腐をつくる
-中村さんが起業にあたってご苦労されたことや悩まれたことは、やはりそういった準備のところだったのでしょうか。
いや、それはやっぱり商品開発のところですね。
僕でいえば豆腐なんですけど。その豆腐が自分で納得のいく状態じゃないといけない。
でもどこが納得のいくラインなのかという線引きは全くわからないわけですよ。
おからの出ない豆腐も何度かつくりましたが、知り合いの方に試食していただいた結果、やはり最初は普通の豆腐をやることにしました。
普通の豆腐といっても、本当にやればやるほど奥が深い。何でもそうなんでしょうけど、質をどこまで高めるのかということは自分にとっては大きな課題でした。
特に自分としては、上士幌町ならではの商品をつくりたいという想いがあったので、この町の「ハヤヒカリ」という大豆を使って豆腐をつくることにしたんです。
ただ「ハヤヒカリ」は納豆や味噌には適しているんですけど、豆腐には向いていないと言われて最初すごく悩んで..
商品としての質をあげることに時間がかかりました。
上士幌産の大豆”ハヤヒカリ”を使った中村さんのお豆腐と厚揚げ
-どのくらいのお時間がかかりましたか。
1年以上かかりましたね。
当時周りの皆さんには「開業はまだなの?」ってかなり急かされたんですけど、いやいやまだまだ…って感じでした(笑)
商品開発には上士幌町の食品加工センターを使わせていただいてたんですけど、借りられるのは大きいお釜で、作る条件をちょっとずつ調整することが難しく、自分の家の鍋で微調整したりしてね。
普通に売られている豆腐との違いが感じられないようだとやっぱり価格の安さで商品を選ぶと思うんです。わざわざ僕の豆腐を買う意味がない。
だから個性を出すのに時間がかかりました。
-今では町民のファンが多いまめけんの豆腐が誕生するまで、生みの苦しみがあったんですね。
はい。それとおからの出ない豆腐の開発もあきらめていません。今のまま普通の豆腐を生産していくと本当におからの量がすごくて…。定期的におからを買ってくれる方もいらっしゃるんですけど、それでも余ります。
普通の家庭からおからが出たら生ごみになりますが、事業所が出すと産業廃棄物になってしまうんですよね。
廃棄するにもお金がかかるし、本当にもったいないんです。食べられるものなのに…
だからおからの出ない豆腐ってすごい価値があると思うんですよね。
-なるほど。
ここまで商品開発にかかわるご苦労について聞かせていただきましたが、それ以外に悩まれたことはありましたか。
たとえば、ご家族や周りの方の心配や反対とか…
そりゃありましたよ。サラリーマンしかやったことないのにそんなこと出来るわけないとか、頭の中で考えてできるものじゃないって言われたりね…(笑)
-それはどうやって乗り越えたというか、説得されたんですか
結局は自分の想いを押し通しました(笑)
上士幌町への移住についても、自分の中では決定事項だったのですが、妻との話し合いの中では、定年になったら東京以外のところに住みたいよねっていう感じだったんですよ…
なのでまずは札幌に行って、良し!だんだん近づいたぞ~って感じですすめていました。
それで次は都市部ではないところでってことで、色んなところで移住体験とかしてるうちに、今のこのお店の物件に出会い、妻に相談しないで購入しちゃいました。
そしてしばらく黙っていました(笑)
最終的には自分から報告して、その時には妻も「あ、そう」って言ってそれで終わりでした。
-(笑)きっとうすうす気づかれてたんでしょうね。
そうすると、場所探しというのも起業する際の一つの課題かと思うのですが、中村さんの場合はタイミング良くご縁があったという感じですね。
そうですね。
-上士幌町にもともと知り合いの方がいらしたりとか地縁はあったのですか。
特にありませんでした。
物件のお話は移住体験を申し込んでいた関係で、NPOかみしほろコンシェルジュの方からご紹介があってタイミング良く決めることができたんです。
元からの知り合いはいませんでしたが、上士幌バルーンクラブの方を頼らせていただいて、クラブにも入れて頂き知り合いが増えていきました。
-タイミングも運のうちかもしれないですね。
熱気球が中村さんを上士幌町へ連れてきたのかもしれません
まずは自分ができるところから動いていく
-上士幌町へ移住されて、着実に歩を進め起業を果たされた中村さんが、今、経営者として一番大切にされていることはありますか。
起業をする前とのお気持ちの変化もあわせてお聞かせください。
元々エコに興味があったとお話しましたが、それはこれからも考えていかなきゃいけないなと思っています。
今豆腐を販売するにあたっては、まず注文生産にしています。よく面倒くさいと言われますが、これは食品ロスを少しでも減らすためです。
それから豆腐は再利用可能なプラ容器に入れて販売し、次の購入時に前回の容器を持ってきてくれた方には容器代の割引を行っています。
リピーターのほとんどの方がこの仕組みに賛同してくださっています。
今後はお店に太陽光発電機を設置して、運搬車も電気自動車にしようと考えています。
-お店を経営していくのにあたって、まずはご自身でできるところからエコにつながる取組を取り入れていかれるということですね。
はい。それを見て、自分もと思う方がどのくらいいらっしゃるかは分かりませんが、少しでもエコに関する活動がひろがっていったらいいなと思っています。
-町を良くするために、まずは自分から動いていく。
もちろんそうです。六次産業化の話もそうですが、自分でやってみることで、問題点や課題も分かると思うんですよね。
自分は豆腐だけかもしれないけれど、共通するものは絶対あるはずだと思っています。
2022年度のかみしほろ起業塾にて、先輩起業家としてお話されている中村さん
-そういう課題を身をもって体感されている…。
そうですね。
それから、僕の場合は実際にお店を始めたことでさらにこれから先の構想がひろがりました。
豆腐って悲しい性(サガ)があって、豆腐だけで出来る単独の料理って冷ややっこしかないでしょう?豆腐は使った料理はたくさんありますが…
ということは、豆腐を作ることイコール素材の豆から料理の素材を作っている、ということなんですよ。素材は安いですよね。どんなに良いものをつくってもすごい値段をつけることはできない。
一丁千円の豆腐があってもこれ何に使うの?ってなると思う。
だから事業として確立していくなら、ひたすら生産量を増やさなきゃいけないのだけれど、本気でやるなら工場を建てるなど大がかりなことになってしまいます。
僕はそれ以外の方法で利益を出していけたらと思うんですよね。
例えば定食として提供することで付加価値をつけるということをやってみたいと思っているんです。上士幌は牛肉やじゃがいもなどおいしい特産品がたくさんあります。でもそういうものは食べ過ぎると罪悪感もあるじゃないですか。
なので、そういったものとは別の選択肢として、豆腐やジンギスカン、鹿肉などのヘルシーなものも提供出来たらいいなと思うんですよね。
それでツアーを組んだりしてね。
-実現したら最高です。
先ほどの課題のお話もそうですが、やってみることで見えてくるものもあるということでしょうか。
そう思いますね。そういう点でもかみしほろ起業塾ってすごく役に立つと思います。
起業を志す人の共通点を皆で共有できる場ですからね。
上士幌町で起業を志す方へ
-それでは、起業を志す方へのメッセージをお願いいたします。
起業というのは僕みたいに豆腐を作って売るっていう、単純な方法もあるかもしれないんですけど、今は色々なやり方の起業がありますよね。僕なんか全然思いつきもしないようなアイディアで事業をやっている方もたくさんいらっしゃる…。
でも豆腐に奥深さがあるように、やっぱり考えたことを事業として成立させるまでに難しいところってあると思うんですよ。
その一つ一つを解決してくれるのがこういう起業塾だったりすると思うんです。
事業として成立させるまでの全てにアイディアをもっている人ってあんまりいないと僕は思うんですね。
なのでそのあたりの情報は、提供してくれるところに頼ればいいと思うし、そういう頼れるものを町で提供してくれたらいいなと思っています。
起業する方はそういう面で、町やまちづくり会社を頼ってください、というのが僕のメッセージです。
-大事なメッセージだと思います。
時間も限られている中で全ての過程に自分の100%をかけるのは、やっぱり難しい。
だからこそ自分の想いのあるところ、中村さんで言えば豆腐としての質を高める商品開発のところ、そこに自分の力を出して、頼れるところは頼るという感じでしょうか。
そうそう。
例えば僕はクラウドファンディングって名称は知っているけれど、実際のやり方は分からない。でも資金調達の時にそのやり方を教えてくれたら、選択肢が増えるし、悩みや労力も減る。
1つ聞いたらピンとくる人もいるだろうしね。
だからかみしほろ起業塾はすごく役に立つのですが、今後は発展形として資金調達の方法や流通マーケティングについてのメニューなどが加わるといいなとも思います。
起業する方は、そういう支援を遠慮なく頼るというスタンスを取れたら、実現の可能性がもっともっとひろがるんじゃないかなと思いますね。
「お豆腐って本当大変なんだよね~」と楽しそうにお話される中村さん
自分の想いのある方向に道を拓いていく。
そこに力をかけて、頼れるところは頼る。
そんな姿勢でいたら、中村さんのように、楽しそうにこれからのことを語る起業家になれるのかもしれないと感じました。
中村さん、ありがとうございました。
▶かみしほろ起業塾についてはこちらから
・一人ひとりの思いをかたちに―「かみしほろ起業塾」
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・「優しさの拠点」となる助産院をつくりたい~渡辺 雅美さん~