【ライター講座受講生記事】“風と一緒に動く”を体験しました【熱気球体験談】
静岡から上士幌に移住し、上士幌町民一年生の私。上士幌で起こる何もかもが新しい体験ですが、その中でも人生で初めて、上士幌町のシンボルでもある熱気球にフリーフライトで搭乗させていただき、『風と一緒に動く』体験をしてきました。 体験にあたっては、「㈱生涯活躍のまち かみしほろ」で開催したライター講座の取材体験として、B.T.ZEN(バルーンチームゼン)のパイロット山下さんに、熱気球の操縦をしてもらいながら、熱気球の競技についても教えていただきました。
WRITER
渥美 緑(あつみ みどり)
2022年1月より静岡県から上士幌町へ移住。地域おこし協力隊としてまちづくり会社で活動中。上士幌町で出会う人、ものは基本すべて“初めまして”です。その”初めまして”の瞬間を言葉にして発信できたらいいなと思います。
熱気球に乗ることは風と一緒に動くこと
空を飛ぶというよりも、いつの間にか静かに空にいる。
それが、熱気球に乗った最初の感覚です。
上昇の際、もっと空気の抵抗を感じたり、浮遊感のようなものを感じたりするのでは(そして多少気持ち悪くなったり)と少し身構えていましたが、そんなことは全くありませんでした。
バスケットに乗りこんだその時の感覚のまま、ゆっくりと穏やかに高い位置に移動して、いつの間にか見える景色が変わる。その景色を見て、〈自分が空にいる〉ことにじわじわと気が付くといった感じで、本当に静かに空まで到達しました。
上空では、山下さんから「地上よりも暖かいでしょう? 僕らは今風と一緒に動いているから、僕らに風があたっていないから、暖かく感じるんだよ」と教えていただきました。
熱気球に乗ることは、風と一緒に動くこと。
私が上士幌に移住してきた理由の1つに自然景観の美しさがありましたが、上士幌の人は自然景観の美しさをただ美しいと感じるだけでなく、景観を形成している自然そのものに寄り添って、自分の人生の楽しさを広げているんだなぁと感じました。
上空で見えたもの
搭乗させていただいた2月12日の朝7時頃は雲が多く、準備をしている間に雪が降りはじめました。(記録によると気温は-12℃前後)
そしてこの天候の中だからこそ見えた景色がありました。
「雪が下から降っているように見えない? 逆さ雪っていうんだよ」
降る雪よりも早いスピードで熱気球が降下することでそのように見えるそうですが、確かに熱気球のまわりの雪が、下からふわーっと昇ってきているように感じました。
さらにダイヤモンドダストが太陽の光を受けてキラキラと輝いているのも見えます。
熱気球は上昇を続けて雲を抜けると、今度は360度全方位雲海でした。
山下さんは「飛行機でも雲海を見ることはできるけど、結構なスピードで飛んでいるし、窓も小さいからね。でも熱気球は360度で見えるから…。やっぱりこういう景色が熱気球の醍醐味かなぁ」とおっしゃっていました。
360度の雲海
よく目をこらすと、雲海に熱気球の影が映り、その周りに虹がかかるブロッケン現象も、うっすらと確認することができました。
(ブロッケン現象:太陽などの光が背後から差し込み、影の側にある雲粒や霧粒によって光が錯乱され、見る人の影の周りに、虹と似た光の輪となって現れる大気光学現象)
私としてはこんな景色を見ることができて、今日1日で1年分の運を使い果たしてしまったのではないかと思うほどでしたが、「熱気球に乗る人はだいたい見られるよ」と笑いながら教えてくれました。
山下さんは「せっかくだから町の皆にも熱気球が飛んでいるところを見てもらおう」と雲の下に降下して市街地に近づいてくれました。
移住する前に、何度も何度も上士幌町の地図を確認していた私。
その地図が、今まさに自分の眼下に、美しい冬の景色として広がっている。改めて〈上士幌町に移住したんだ〉という思いをかみしめました。
熱気球から見える上士幌町
冬の熱気球だからこそ見える上士幌の上空と地上の美しさ。
…1年分の運を使い果たしても見たい景色かもしれません。
競技としての熱気球の奥深さ
「自分は競技に興味があってパイロットになったんだよね」と山下さん。
実は体験の前に、熱気球の競技があることは調べていたのですが、「熱気球で何をどう競うのか??」、はてなでいっぱいでした。
山下さんによれば、熱気球競技はスピードではなく、正確性を競うもの。競技の本部が設定したターゲットの1番近くに砂袋を落とせた人が勝ちとのこと。
興味が湧いたので、後日、さらに調べてみました。
前述のとおり、熱気球は風と一緒に動いています。そしてその風は、高度によって吹く方向や強さが異なり、気象条件によって飛行中も刻々と変化するそう。パイロットが操作できるのは熱気球の上下の動きだけで、水平方向の移動は風まかせ。パイロットは変化する風の状況を把握して、さまざまな風を使い分けて目的地に向かっており、そのコントロールの正確性を競技で競うということです。
山下さんのチームの熱気球もそうですが、レース用の熱気球は他の熱気球よりも小さく、細長い形をしていて、素早く上下しやくなっているそうです。
B.T.ZENの熱気球
「例えば、今からそのターゲットを目指すとなったら、どうやって行くかってことなんだけど、風の方向を読んで、熱気球を上下させて近づく。それって難しいよね。それをトップクラスの選手はセンチ単位で競っているんだよ」と教えてくれました。驚愕です。
「だから競技中は、景色は一切見ないでパソコンで自分の現在位置を出して、どっちに進んでいるかを確認。上と下で風は違うから、地上班とどちらに風が吹いているかというのをやり取りして、ターゲット付近の風の情報を得たら、どの角度でどう近寄れるかを計算して、動く。チーム戦です」。
なるほど…。1年分の運を使い果たしている場合ではないということですね。
砂袋を落とすターゲットは気象条件によって、いくつか設定され、各ターゲットで1番近くに砂袋を落とせた人が1番多いポイントをもらえ、各ターゲットのポイントを加算して、合計したポイントで順位を出すとのことです。
「高いところから投げるより地面すれすれに飛んで、ちょこっと置いてきた方が正確性は高いから、競技だとできるだけ低いところに行けた方がいいよね」。とはいえ、低いところを飛ぶのも技術がなければできないことです。
最後、着陸降下の際にも、「この高さまでくると、地上にあるフラッグの吹いている方向を見れば、風の向きが分かるでしょう? それで、フラッグの高さまでいけば、同じ方向に動くって分かるから降りる地点も調整できるんだよね」と教えていただきました。
今回お話をうかがった競技以外にも競技の種類は何種類もあるそうです。
競技をされるパイロットの皆さんは、日々風を読み、風と一緒に動く技術を磨いているのですね。
最初は競技のイメージが全くつきませんでしたが、次の機会には競技の様子をぜひ自分の目で見てみたくなりました。
上士幌町は熱気球の町
移住前、本当にここでいいのか自分達の選択が正しいのか、不安な気持ちで何度も見ていた上士幌町の地図。熱気球から見たら、それは私の不安な気持ちを静めるための情報ではなくて、私を感動させてくれる美しい冬の景色でした。
そしてこの感動や気持ちの全部を含めてこの町は熱気球の町なんだなぁと、私の中でこの町が再定義されたような気がしました。
熱気球に乗ってみたらいつの間にか空にいるように、決断したらあとは起きることに身をまかせて、湧いてくる自分の気持ちに寄り添ってみる。
そしたら、この町のことが『情報』という私の外側の必死に集めるものではなく、感動や気持ちを含めた『経験』という私の一部で私の内側にあるものになる。
“上士幌町は熱気球の町”
フリーフライトをとおして、このことも私の中で情報から経験になりました。
もちろん、必死に情報を集めた自分がいたからこそ、今この町にいて、この景色にたどり着くことができました。だからそんな自分にもお疲れ様を言いたいのだけれど、今はもうすでにこの町にいるのだから、自分の外側の情報ではなく内側に目を向けて、自分の感情や思考の変化を楽しめばいい。
そしてそういう経験が積み重なれば、移住者という私の輪郭が少しずつ滲んで町になじんでいくのかもしれない。
ちょっと大げさだけれど、真っ白な冬の上士幌町を俯瞰して、そんなことを考えた初めてのフリーフライトでした。
これからもこの美しい町に、筆で絵の具が溶けて滲んでいくように、どんどん私を滲ませていきたいなぁと思っています。