自然を残し、観光を創る人~LNTインストラクター杉本陽介さんインタビュー~

北海道は、本州とは異なる雄大な自然環境を有しています。そのため、北海道ならではの体験としてアウトドアを楽しみに来られる方も少なくはありません。
そんな中で、【環境に対するインパクトを最小限にして、アウトドアを楽しむための環境倫理プログラム】(※1)Leave No Trace(リーブノートレース)のインストラクターの資格を取得した方がいます。株式会社karch(上士幌町の観光地域商社。以下、カーチと記載)の杉本陽介さんです。
(※1)https://lntj.jp/より引用
今回の記事では、杉本さんに、Leave No Trace(以下LNTと記載)の考え方や、これからの上士幌町の観光事業についてお伺いしました。

株式会社Karch
杉本 陽介さん
|すぎもと・ようすけ|
北海道石狩市出身。札幌、東京で医療系の会社に従事した後、北海道に戻りたいという気持ちから、二ペソツ山のある上士幌町へ移住。2022年10月より株式会社karch勤務。現在は社内のアウトドア・DMO事業の中心として活動。2024年12月にLeave No Traceのレベル1インストラクターとなる。
痕跡を残さず、自然を残す、Leave No Trace
――杉本さんが取得されたLNTのインストラクターとはどのようなものなのでしょうか。
LNTは、なるべく環境に負荷をかけずにアウトドアを楽しむという考え方です。インストラクターの資格を取得すると、その考え方を伝えていくためのワークショップが開催できるようになります。
例えば、きれいな牧草地に人間が踏み込んでいく、その踏み跡が道になってしまったり、焚火で地面が剥げてしまったり、人間の糞尿によって環境が汚染されてしまったり…そういうのを抑えながら、でもアウトドアをやらないわけではなく、しっかり考えて楽しんでいこうというプログラムです。

LNTの環境へのインパクトを最小限にするための7原則
――今後上士幌町でも、LNTの考えに基づいた、観光振興をしていく予定なのでしょうか?
そうですね。まずはカーチが団体としてLNTの登録をしていければと考えています。自治体も登録ができるので、いずれは上士幌町として登録していけるといいなと思っています。
――登録によるメリットはどんなことが考えられますか?
登録をすることで、登山道や自然景勝地に標識掲示ができたりします。訪れる方の意識も高まると思いますし、登録をきっかけにインバウンドのお客様を呼び込めるのではないかとも考えています。
――インストラクターになられたことで、杉本さん自身の行動や考え方は変わられましたか。
考え方が大きく変わりましたね。
元々、アウトドアは趣味として楽しんでいたので、登山もよくしていました。
登山では携帯トイレを持つようにという案内が多いのですが、野生動物の糞尿と人間の糞尿に違いがあるのか?と懐疑的だったこともあり、正直忘れてきてしまう時もありました。
でもそのLNTの講習の中で、人間は添加物を摂取しているから、糞尿1つでも野生生物や自然環境に影響を与える可能性があるという話があって、本当にそうだなと納得しました。そこからは必携しています。

山登り中の杉本さん、もともとアウトドアは趣味だった
もう1つ、星の砂ってご存知ですか?それを持ち帰れることを売りにしていたところ、数年で全くなくなってしまった島があるというエピソードも、そのLNTの講習の中で聞きました。
星の砂って有孔虫の殻なので、我々の知っている”星の砂”として堆積するのに何年も何年もかかるんですよね、それがたった数年でなくなるってすごいなと思って…それこそインパクト大で衝撃を受けました。
――これくらい大丈夫だろうと思っていても、実際自然に対してどういう影響がどのくらいあるのか、計り知れないって恐怖ですよね。
はい。なのでLNTの講習後、自分がコンテンツをつくる時にも、いかに自然にダメージを与えずにできるか、というのは念頭に置くようになりました。
二ペソツ山に呼ばれて
――杉本さん自身についても教えてください。
カーチで働かれる以前も、アウトドア関係のお仕事をされていたんですか。
いえ、以前は医療系の会社の営業職として働いていました。
もともと北海道の石狩市出身で、仕事で札幌、東京で働いた後、やっぱり北海道がいいな、帰りたいなと思って転職しました。
――ご出身の石狩市ではなく、上士幌町に移住を決められたのは、何かきっかけがあったのですか。
地元に戻るのか、北海道の中で好きな町に行くのか迷ったのですが、せっかくの機会だし、好きな町にしようと思って。
それで二ペソツ山のある上士幌町に決めました。

杉本さんを呼んだ二ペソツ山(杉本さん撮影)
実は、北海道に戻ろうと考える以前から老後は上士幌町に住みたいなとぼんやり考えていたんです。二ペソツ山にすぐに登りに行けるから。
――二ペソツ山に呼ばれた男だったんですね!(笑)
そうですね(笑)ちなみに二ペソツ山は現在、往復でおおよそ12時間くらいかかる奥深い山です…。
ただ正直、上士幌町には登山をしに来ていた、というだけだったので、どんな町なのか、人口がどれくらいで、どんな産業が盛んなのかとか、そういった情報は全然知らなかったんです。それこそ、どんな仕事があるのかとかも知りませんでした。
――杉本さんは、アウトドアや観光業を仕事にするために移住してきたのかと思っていました。
アウトドアはあくまでも趣味だと考えていました。
むしろ、せっかく二ペソツ山のある上士幌町に来るのであれば、山に登る時間をしっかり確保したいなと思いまして。
それでオフィスワーカーとして働ける会社を探し始めました。
――なんせ12時間もかかりますもんね…
はい。それで調べていくうちに、カーチを見つけて、地域商社として観光業を中心に色々面白そうなことしているなと思って。
電話して、面接していただく流れになりました。
後々聞いた話では、面接の時に趣味がアウトドアですという話をしていて、ちょうどその時くらいからカーチでもアウトドア関連の事業展開を考えていたとのことでした。
そういったタイミングが合致して、採用していただくこととなりました。
趣味が仕事に活かされて
――それでは、カーチでも最初からアウトドア事業を担当していたわけではないのですね。
最初はナイタイテラスや道の駅のショップでの業務を担当していました。その後、インフォメーション業務に移り、今現在はアウトドアの体験コンテンツの企画から販売までを担当しています。あとはタウシュベツ川橋梁や糠平湖ワカサギ釣りのガイドもしています。
――たしかに、最近は道の駅でお姿を拝見していないように思います(笑)。
最近は外にいることがほとんどですね。
――ガイドも杉本さん個人が志していた、というよりも、アウトドア事業の担当として必要があって、気が付いたらガイドになっていた、という感じですか。
どちらかと言うとそうですね。
とはいえ、やっぱりタウシュベツ川橋梁のツアーはすごく人気があって、そういう需要に応えたいという気持ちはありましたし、趣味も活かせて、むしろガイドになれるなんて、ありがとうございますっていう気持ちでした。

お仕事中の杉本さん
もちろん私1人だけでは、お客様の需要に応えきれないので、地域ガイドの養成プログラムをカーチ主導のDMO団体で主催して行っています。今はそのプログラムに参加された地域ガイドの皆さんのとりまとめも自分が担当として行っています。
――なるほど。
お話を伺っていると、杉本さんの場合、好きなことを仕事にしようと思ってて就職されたわけじゃないのに、やってみたら、好きなことの方がやってきた、仕事の中に自分のやりたいことがあったという感じなんですね。
まさにそんな感じです。
それに、ガイドとして同行した時にお客様からダイレクトに感謝の言葉をもらえるのもやっぱりすごく励みになっていますね。
「楽しかった」とか、「生きているうちに見られて良かった」とか。そういう言葉を聞くと、こちらこそありがとうございますという気持ちになります。
もちろんガイドが毎日続けば体力的にも大変ですし、調整も大変ですけど、カーチに入ってから朝、仕事に行くのが嫌だな~っていう気持ちが全くないですね。
今は、この仕事本当に自分に合っている仕事だな、天職だなって思っています。
――最高じゃないですか(笑)
そうなんです。職場環境としてもすごく恵まれていて。アウトドア事業については上司と一緒にすすめているんですが、色々と意見も聞いてもらえています。

杉本さんが企画したナイタイ高原牧場でのキャンプ風景、好評を得ている
ただその分、責任は感じますね。アウトドアの体験コンテンツは、当たり前ですが、全てゼロから組み立てて。これまでの販売実績がないので自分が良いと思って商品化したものでも、全然お客様が来ないってこともあります。
最近になって、付加価値をつけているからこそお客様も喜んでくれるという想いにとらわれすぎていたのかも?と気が付きました。
持続可能に、長期的に自然を楽しむ
――LNTのインストラクターとなられた今、杉本さんやカーチの今後の展望などをお聞かせいただけますか。
観光業全体で言えば、インバウンドのお客様をもっと呼び込みたいですね。
特に上士幌町は観光で来られる方の滞在時間が少なくて、消費額も少ないということが課題です。
ちょっと切ないですが、通過点という感じが否めない…。
その点、ナイタイ高原牧場でのキャンプの企画とかはそこを目的にお客様が来て下さる。だからそういう商品をどんどん作っていきたい。

ナイタイ高原牧場の夜
実は、LNTに触れる前には、ナイタイ高原にジップライン(※2)を作ったら、インバウンドをはじめ、たくさんの方に来ていただけるのではないかと考えたこともあります。
(※2)自然の中にワイヤーロープを張って滑車を使って滑り降りるアクティビティ
――たしかに楽しそうですが、自然への負荷はすごそうですね…
今は、そうじゃないよな、持続可能じゃなかったなって思います。もっと長期的な考えで自然と共生しながら楽しめる観光を推進していきたいと思っています。
そのためにも、地道な活動になるかもしれませんが、まず私自身のLNTのインストラクターの資格を活かして、子供達に持続可能にアウトドアを楽しんでもらうっていうことを伝えていきたいです。そして日本でもLNTの考え方がスタンダードになるように活動していきたいですね。
――観光資源として自然を活かしつつ、持続可能に、その上で上士幌町を観光の目的地に。
このビジョンは杉本さん自身のものでもあるし、カーチの観光推進の考え方の礎でもあるし、ひいては町のビジョンでもありますね。
そうですね。
ビジョンの重なりがあるからこそだと思うのですが、アウトドアの担当をすることになった時もLNTの資格をとる時も、そこに自分の強い希望があったわけではないのですが、今はやりがいをすごく感じています。
これからやりたいことが、会社の事業の中にたくさんありますからね。
――杉本さん、きっとこれからもずっとカーチにいますね、上士幌町にも…
これからも引き続きカーチで頑張りたいですね。最終的には、上士幌町にお墓立てると思うなぁ(笑)
――最高です(笑)
最後に、これから上士幌町に訪れる方にメッセージをお願いいたします。
自分自身、上士幌町民となった今でもナイタイ高原の景色はすごいなと感じます。元々北海道民なのに、この景色こそ北海道だなって思ったくらい…(笑)
上士幌町にお越しになる際にはぜひ遊びに行ってほしいですね。
造成している立場としても、ナイタイ高原は牧場でもあるので、本当は観光の場所とするのにもリスクが伴います。
そんな中でたくさんの方のご協力のもと実現している観光地でもありますし、だからこそLNTの考えが重要になってくる場所でもあると思っています。
そういう長期的に自然と共生していくようなLNTの考えをお伝えしつつ、まだまだ魅力が伝わっていない観光資源や景勝地を紹介していければ嬉しいなと思います。

お話を聞いているだけで杉本さんのワクワクを感じました
杉本さんの言葉や姿勢からは、上士幌町の自然と観光を未来へつなぐ力とワクワクする気持ちを強く感じました。
これから杉本さんが創る、持続可能な上士幌町の景色を見るのがとても楽しみです。
杉本さん、ありがとうございました。
\ 杉本さんの所属 /