土門史幸写真展 -空のある風景- 【 残す写真より飾る写真 】
2021年10月24日(日)ハレタかみしほろで、土門史幸写真展 -空のある風景- が開催されました。
今年(2021年)の6月から”地域おこし協力隊”として、上士幌町民の写真や風景を撮影されている土門史幸(どもん ふみゆき)さん。北海道苫小牧市出身で上士幌町へ来る以前から、苫小牧市や札幌市を中心にフリーランスのフォトグラファー、ビデオグラファ―として活動されていました。
今回、北海道各地で撮影された美しい風景の写真を様々な形で展示すると聞き、おじゃましてお話を伺ってきました。
WRITER
宮部 純香
上士幌町で生まれ、高校まで上士幌で過ごした編集サポートメンバー。小さい頃からお世話になった上士幌を新しい視点で見てみたいと取材を進めています。
なぜ上士幌へ
コロナ禍で仕事が減って、変わらなきゃと思ってたときに、地域活性化に興味を持っていることを知っていた妻が上士幌町の”地域おこし協力隊”の募集を見つけてくれて、すぐに応募して受かりました(笑)。
今までの仕事では出張することが多く、北海道内いろいろな地域を周っていましたという土門さん。
あるとき、スポットとして町は紹介されるけど、その道中の紹介をされることが全くない。道中にも美しい風景があるのにそれがすごくもったいないことに気づいたそうです。
写真でそういうところを紹介して活気づけたい。写真という活動を通して地域活性化に興味を持っている今の自分の考え方にマッチしている。
そんな時に見つけた地域おこし協力隊は、今までやってきた仕事が活かせる場だと思いました。
きっかけは父のカメラ
土門さんは、カメラを趣味から始めて社会人になってから街のスナップ写真や風景写真をコンパクトデジタルカメラで撮影していました。
そしてカメラを本格的に始めたのは、2009年くらいから。
お父さんが一眼レフカメラを持っていて、それを借りて撮ったことがきっかけだったそう。
そのうち自分の一眼レフカメラが欲しくなって購入しました。カメラを始めた頃の写真を見返すと、パッとしないなって思いますね(笑)。
その時々によって写真の好みも変わっていて、だんだん昔にさかのぼっていくと、今とは全然違う表現の仕方していて、見返すとなんか違うなって思い今風に仕上げを変えてみることもあるそうです。
最初は札幌の街並みや道南の風景を撮っていました。人物を撮ることはほとんど無かったです。
今は仕事で撮ったりはするけど、それでもあんまり撮らないですね。ポートレート撮影はモデルさんがいればやりたいな思っているので、モデルさん募集中です(笑)。
得意なジャンルは風景写真の土門さん。
最近は人物撮影もしたいと思っているそうなので、我こそは!という方はぜひ手を挙げてください(笑)
写真展 ”空のある風景” を開催!
今まで写真展をやったことが無くて、自分の写真を見てもらう機会がほしいなと考えていました。
この町には、ここハレタのように写真展などをするには丁度良いスペースがあったこととなにより周りの後押しがあったので、思い切ってやってみようと思いました。
今の時代、写真を印刷する人って少ないですよね。僕も印刷することは多くないけど、印刷をして写真を見るって楽しいし、ケータイとか画面で見るのとは違って飾って置いておくとまた雰囲気が変わってくる。
それと作品には、タイトルがつきものだと思いますがあえてつけていません。タイトルがあるとそれに引っ張られてしまうので、見に来てくれた人にどういう写真なのかなっていうのを想像してもらいたくてつけませんでした。
今回の写真展では、写真、キャンバス、パネルの3種類を用意。
これらを見ていろいろな楽しみ方を知ってもらいたいと話していました。
フォトグラファーとしての今後
一昨年(2019年)ぐらいから、自分の写真館をつくりたいと思い始めた土門さん。
コロナが始まる前までは、前に勤めていた会社や付き合いのある会社などから依頼が来て仕事をもらっていたので、特に自分で集客をしなくても仕事はあったんです。
でも、コロナになって、仕事がほぼゼロになってしまい「これはまずい!」と思って。今までは仕事を受ける側だったので、自分で集客できるシステムを作りたいと思いました。
いま土門さんが考えているのが、ガーデンが併設されたフォトスタジオをつくって風景と一緒に人を撮ること。
お客様がスタジオ内の壁の一部に自由に落書きをできるスペースを作り、完成した壁の前で写真を撮る。といった場をつくること、だそうです。
写真撮影やほかにもやっていた動画制作とかもそうですけど、お客さんの笑顔が見られるからやってきました。お客さんに写真や動画を渡すと、ものすごく喜んでくれるんです。そういう笑顔が見たくてずっと続けています。
写真展を終えて
今回いろいろな材質のものに写真を印刷してみて、自分でもキャンバスとかにすると良いなっていう発見もあったし、写真の表現力っていっぱいあるんだなって実感しました。
また、予想していたよりもたくさんの方が見に来てくれたので、嬉しかったし楽しかったです。次も開催してほしいという要望が多数あったので、もしまた写真展を開催する機会があれば、風景だけではなく動物など今回とは違ったテーマでやってみたいですね。
初めてだらけの写真展は無事に終了し、新たな目標ができた土門さん。
見に来てくれた方々からの心温まる言葉などが、自分の作品への自信に繋がったとおっしゃっていました。
第2弾となる写真展はいつ開催されるのでしょうか。次はどのような写真を見せていただけるのか、今から楽しみな私です。
さて、土門さんの今後はいかに!
フォトグラファーとしての今後の夢に期待です!!
土門さんの写真はSNSでも見ることができます。
こちらもぜひチェックしてみてください。
Instagram:https://www.instagram.com/icp.amotion/
Twitter:https://twitter.com/harunire00
まちジョブハレタお仕事紹介【上士幌町ふるさと学生応援梱包作業】
まちジョブハレタ(人材センター)にはさまざまなお仕事がありますが、どんなことをしているのかわからない方のために今回は「梱包作業」のお仕事をご紹介します。
写真:土門史幸
現在まちジョブハレタでは上士幌町ふるさと学生応援事業の梱包作業をしています。
上士幌町ふるさと学生応援事業は新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け学費や生活費の捻出に苦慮している学生の皆さんに上士幌の特産品、食料品などの応援物資を送る事業のことです。
梱包作業は、まちづくり会社の2Fにあるコワーキングスペースで一箱ずつ丁寧に特産品などを詰めて梱包する簡単な作業です。
上士幌町ふるさと学生応援事業の梱包作業は12月で終了してしまいますが、まちジョブハレタでは老若男女問わず様々なお仕事をしています。
これから何かお仕事を始めてみたいな、興味があるなという方はまちづくり会社までご連絡ください。
どなたでも歓迎いたします!
お問い合わせ先
まちジョブハレタ(人材センター)担当:木原・岩部
TEL:01564-7-7630
カミシホロホテルのご紹介
2021年7月4日にオープンしたばかりのカミシホロホテルについて支配人の島田裕子さんにお話をお伺いしてきました。
WRITER/PHOTOGRAPHER
土門 史幸
フリーカメラマン。2021年6月から上士幌町で地域おこし協力隊としてまちづくり会社で活動中。苫小牧市出身。写真や動画で地域の魅力を伝えたい。空・水中ドローンも扱えます。
なぜホテルを上士幌に?
まずは、なぜ上士幌にホテルをオープンしたのかを聞いてみました。
カミシホロホテルの外観
ロゴは未来を表現したポリゴンと上士幌の牛がくつろいでいるところをイメージ
上士幌の周辺には、道の駅やナイタイ高原といった観光資源がたくさんあるので町中に宿泊施設を増やしたら上士幌に滞在してくれる観光客の方が増えるのではないかと思いホテルをオープンしたと話してくれました。
上士幌は観光資源が豊富なので滞在してくれる方が増えて町の活性化になって欲しいですね!
便利なホテル
カミシホロホテルのラウンジ
カミシホロホテルのコンセプトは便利なホテル。
ICT(Information and Communication Technology)を使うことによりホテルの滞在がよりスマートになるようなつくりになっています。
※ICTとは通信技術を活用したコミュニケーションを意味します。
顔認証でチェックイン
チェックインでは、宿泊客の顔を登録し顔認証をします。
顔認証をすることによって鍵を使わずに部屋に入ることができるようになります。
ホテルの受付 チェックイン時に顔を登録
ただし、マスクをつけていると上手く認証しないようなので顔認証をする場合はマスクを外すことで認証するようです。
一度宿泊をして顔認証を行ったことがある方は次回の宿泊時に部屋番号などの案内が登録したメールに届くので、素早くチェックインができます。
客室のドア横にあるタブレットを使って顔認証を行う
2回目以降、チェックインの時間が短縮できてすぐお部屋で休めるのはありがたいですね。
誰にも合わずに受け取る宅配ボックス
また、客室には宅配ボックスが設けてあります。
朝食やタオルなどのアメニティグッズをホテルのスタッフが運んでくれるのですが、この際にスタッフと宿泊者が接触することはありません。
宅配ボックスに何か物が入ると客室にあるランプが点灯するようになっているので、客室にいながら誰にも合わずに荷物を受け取ることができます。
宅配ボックスに何も入っていない状態
宅配ボックスに荷物が届くとランプが点灯
ホテルの事務所にも通知が届くようになっているので受け取られたかどうか分かるようになっています。
余計な接触を避けることができ、新型コロナウィルスの対策にもなっていて、対面で誰かに会うことがないので女性ひとりでも安心してホテルに滞在すことができます。
仕事に便利な広いテーブル
客室やラウンジにあるテーブルは通常のビジネスホテルと違って奥行きのあるテーブルになっています。
奥行きのある客室のテーブル
電源も備えているので充電をしながら作業することもできる
奥行きを広く取ることでパソコンでの作業や朝食などゆとりを持ってとることができるので、ホテルで作業が必要なビジネスを目的とした方にも快適に滞在してもらえるようになっています。
作業スペースにゆとりがあると心にもゆとりができるので落ち着いて仕事や朝食をとることができますね。
夏は庭で朝食をとることができハンモックでくつろぐこともできる(撮影時は秋)
ホテルの魅力
カミシホロホテルは家電に力を入れていて、館内や客室にはダイキンの空気清浄機やエアコンを導入していて、空気を清潔に保っています。
客室に備えているエアコン
館内や客室に備えている空気清浄機
客室にはダイソンのドライヤーやReFaのシャワーヘッドを備えていて、高級なドライヤーやシャワーヘッドを使用することができます。
3点ユニットバス
ReFaのシャワーヘッド
入浴剤もあるのでゆっくりとお風呂に入ることもできる
ダイソンのドライヤー
ラウンジには宿泊者であれば自由に使えるコーヒーメーカや電子レンジ、トースターがあるのでお部屋ではなくラウンジで朝食をとることもできます。
開放感のあるラウンジ
自由に使えるラウンジのコーヒーメーカーやトースター
廊下にはアートワークが飾ってあり、このアートワークは上士幌町の事業者から出た廃材を使用ています。
アートワークから町のことを知ってほしいということで廃材が出る過程をラウンジにあるでテレビで放映しているので、アートワークと映像をじっくり見て知識を深めるのもいいかもしれませんね!
羊毛で作られたアートワーク
高級車に乗って北海道を楽しむ
21年9月20日からカミシホロホテルの予約時にカーシェアプランが選べるようになっていて、それを選ぶとポルシェのタイカン4SかレクサスのUX300eのどちらかをレンタルすることができます。
左:タイカン4S 右:UX300e
「ちょっといい車に乗って北海道を満喫してもらえたら」と語る支配人の島田さん。
筆者もポルシェに乗らせていただいたのですが、静かなのにパワーもあってとても運転しやすかったです。
高級車に乗っているというだけでテンションも上がるし、ワクワクしながら運転しました。
なかなか乗る機会がない車なので、これを機に上士幌を起点としてレンタカーで北海道を巡ってみるのもいいかもしれませんね!
また、電動自転車が3台、電動キックボードが3台、VanMoofという次世代型電動自転車が3台あり、宿泊者であればどなたでも無料で使うことができるので、町内や郊外にお出かけするのに最適です。
無料でレンタルできるVanMoofの次世代型電動自転車
今後の展望
今後はサイクリングや冬の遊びなどアクティビティに力を入れた宿泊プランなどを作り、上士幌の魅力を存分に楽しめる提案をしていきたいと話す島田さん。
上士幌町や十勝の旅行を考えているなら観光の拠点として、カミシホロホテルに滞在するのもいいかもしれませんね!
\ 便利なホテル /
/ 最先端技術を体験 \
「妥協せず、自分が納得する生き方を」-縄田柊二・マイミチストーリー
北海道・十勝の上士幌町で「遊ぶ・学ぶ・働く」を体験する1カ月間の滞在型プログラム、それが「MY MICHI プロジェクト」だ。2021年7月〜8月に第4期が開催され、全国から5人の若者が参加した。5人は何を思いこのプログラムに参加したのか。それぞれの「マイミチストーリー」がそこにある。
MY MICHI 4期生
縄田 柊二(なわっちゃん)
|なわた・しゅうじ|2000年生まれ、山口県出身。大学を休学して「MY MICHI プロジェクト」に参加。幼少期に祖母と一緒にパンを作った経験から、オリジナルのパン作りをテーマに活動する。ニックネームは「なわっちゃん」。
大学休学中に出会った「MY MICHI プロジェクト」
「僕は、ちゃんとした社会人になれるのだろうか?」
大学3年の秋、就職活動が始まった。周りの友人たちはインターンシップへの参加や、OB・OG訪問、企業研究などをどんどん進めていく。そんな友人たちを横目にしながら、なわっちゃんは焦りを感じていた。
「みんなどんどん就職活動を進めていくのですが、僕は何だか周りとペースが合わなくて。やらなくちゃ、という気持ちがある一方で、このまま就活を進めることに納得感を持てない気持ちもありました。いろんな感情が交錯して、ちょっと疲れてしまったんです」
山口県出身のなわっちゃんは、高校卒業後は広島県内の大学に進学。大学生活は楽しかったが、その後の進路には不安を覚えていた。普通に考えれば就職だろう。でも、本当にそれでよいのだろうか?
菜園作りにもチャレンジ。「MY MICHI プロジェクト」は、いろいろな体験が用意されている
大学時代にアルバイトをしていた店で「この仕事に向いてないんじゃないの?」と言われたことがあった。作業のスピードがゆっくりしている。日々変わっていく商品をなかなか覚えることができない。仕事は一生懸命にしているが、ほかのスタッフと比べると劣って見られてしまうことがあった。
「自分は一体どんな仕事が向いているのだろう?」
「どこかに就職したとしても、仕事ができずにすぐに辞めてしまわないだろうか?」
心のどこかに、そんな気持ちを抱えていた。社会に出て働くイメージが持てず、社会人になれるのかという不安もあった。そんなモヤモヤした気持ちが整理できないままに就職活動を迎えたのだ。
町の人たちとBBQで交流。たくさんの人との触れ合いもプログラムの特徴
「このまま就職活動を続ける自信もなかったので、4年生になったタイミングで1年間休学することにしたんです。少し時間を作って、この先のことをゆっくり考えたかった。そんなときです、MY MICHI プロジェクトを見つけたのは」
「MY MICHI プロジェクト」はインターネットで見つけた。何となく、「面白そうだな」と思った。
高校生の頃に北海道に旅行に来たことを思い出した。休学しているのだから、この期間を使ってしかできないことをやってみたい。北海道に住むのも面白そうだ。そんな些細な気持ちから、プログラムへの応募を決めた。
「パン作るの、好きなんですよね」
応募してすぐにリモート面談があった。今回の「MY MICHI プロジェクト」では、参加者一人ひとりがテーマを決め、プログラム参加中にチャレンジする。それぞれが好きなことや、やりたいことをもとにテーマを決めていく。
「パン作るの、好きなんですよね」
思わず口に出た一言がきっかけだった。ここから話が進み、上士幌でパンを作ることがテーマとなった。しかも、作るだけでなく、そのパンを町の人たちに販売する。
「そんなことが自分にできるのだろうか?」という思いが頭をよぎったが、面談に参加したまちづくり会社のスタッフや同じ4期のメンバーが真剣に話を聞いてくれたことで、「やってみよう」という気持ちになることができた。
4期メンバーたちとは、いつも自然体でいられた。左から、りーたん(田中理紗子)、あかりん(伊藤あかり)、なわっちゃん、ひな(石井日奈子)、こなつ(野中小夏)
「子どもの頃、祖母と一緒にパンを作っていたんです。すごく楽しくて、一緒に作ったアンパンの味は、いまだに忘れられません。コロナ禍で大学もリモートでの授業が増え、下宿先のアパートで過ごす時間が多くなりました。そんなときに、ふと昔を思い出してパンを作ってみようと思ったんです。それがパン作りのきっかけですね」と、なわっちゃんは言う。
なわっちゃんの祖母はパンが好きな人だった。自宅に小さなパン工房を作り、地域の人たちと一緒にパンを作ったり、パン教室を開いていたこともある。小さい頃、近所に住んでいた祖母の家によく遊びに行っていた。いつも笑顔でニコニコしている優しい祖母だった。
どんなパンを作ろうかを考えたとき、最近、広島に揚げパンの専門店がオープンしたことを思い出した。「揚げパン、いいかもしれない」。メンバーともアイデアを詰めていき、マラサダを作ることに決めた。
上士幌神社の宮司さんに話を聞く。ほかでは聞けない貴重な話を聞けるのもプログラムならでは
最初の試作は大失敗。気持ちを切り替えて準備を進める
なわっちゃんのテーマは、ハレタかみしほろのチャレンジ企画として行うことになった。ハレタかみしほろでは、町の人たちの「やってみたいこと」を、実現・応援するためにカフェスペースを貸し出しているのだ。
当日は「マラサダカフェ」として、ドリンクもセットで販売することにした。開催日は7月30日。メンバーの活動テーマの中で最も早く本番を迎える。準備期間も短くなるので、メニューや販売個数は来町前に決めていった。砂糖をまぶしたプレーンのほか、ミルクチョコやホワイトチョコをアレンジしたものもメニューに加える。チラシも事前に用意した。
広島の自宅アパートで試作も始める。最初に作った生地はベチャベチャしていて、口に入れても全然おいしくなかった。
初めての試作品。最初はここから始まった。
「やると言ってしまったけれど、本当にできるのかな?」と、不安な気持ちになっていく。それでも真剣に応援してくれる仲間たちに応えたかった。「失敗して当たり前。思い切ってやってみよう」と気持ちを切り替えていった。
「やってみてはじめて、いろいろなことがわかりました。生地を発酵させる時間や油の温度などは細かく見ていかないとすぐに失敗する。当日は準備時間も限られているので、事前に仕込みをどこまでやるか、また販売するとなると衛生管理のことも考えないといけない。上士幌に来るまでの期間、ほとんど毎日試作を繰り返していました」と、なわっちゃんは振り返る。
手伝ってくれるまちづくり会社のスタッフや4期メンバーとも頻繁にミーティングを繰り返す。事前に何を用意しなければならないか。商品をどうやってお客様にお渡しするか。作るだけでなく、販売も考えたときに、決めなければならないことがこんなにもあるのかと思った。
プログラムが始まり来町してからも、連日準備が続いていた。スケジュールの合間を縫って試作や当日必要な備品の用意を進めていく。町の食品加工センターも使わせてもらえることになった。本番までの時間は約2週間。1日も無駄にすることはできなかった。
前日の仕込み。上士幌に来てからも、無我夢中で準備してきた
販売は当初デリバリー販売も検討していたが、衛生管理の許可が別途必要になるとわかり、ハレタかみしほろでのみの販売とした。こうしたことも、実際に動くことで一つずつ覚えていった。
7月30日が近付くにつれ緊張は増していったが、「大丈夫、きっと上手くいく」と信じて突き進んだ。4期の仲間たちやまちづくり会社のスタッフも応援してくれている。
「みんなは『絶対に完売するから大丈夫』と励ましてくれていましたが、僕はどうしても不安が拭い切れませんでした。お客さんが来てくれるかどうかも心配だったし、あまり馴染みのないパンを受け入れてくれるかどうかもわかりませんでした」
前日は緊張でうまく眠れなかった。「なるようになる。大丈夫」。そう言い聞かせているうちに眠りに落ちていた。
ウェルカムボードも用意して当日を迎える
「一体、何が起きたのだろう?」
「一体、何が起きたのだろう?」
1時間にも満たないその時間に起きたことを、うまく理解できずにいた。
当日も朝から思いもよらないトラブルが続いていた。生地が思うように発酵せず、大きくなっていないものあった。試作はシェアハウスのガスキッチンを使っていたが、ハレタかみしほろのキッチンはIH。IHでパンを揚げると予想もしなかった揚げムラが出た。事前にIHで揚げてみることを怠っていたのだ。
朝の準備も思った以上に時間がかかった。オープン時間の11時に間に合うように工程を組んだはずだったが、トラブルの対応に時間を取られた。それでも仲間たちの協力もあり、時間通りにオープンさせることができた。
オープンと同時にたくさんの人たちが店内に入ってきた。次々にパンを手に取り、購入していく。用意した150個のパンは、わずか50分で完売した。
「後で振り返ってみたのですが、当日のことはよく覚えていないんですよね(笑)。朝からずっと忙しかったことだけはわかっているんですけど。でも自分にとってすごく大きな達成感を得られたし、自信になりました」
たくさんの町の人たちが、なわっちゃんのマラサダを購入していった
その日の夜、夢を見た。「早く生地を作って!」と、あかりんが急かしてくる。まずい、早く作らなくちゃ……焦りながら生地を捏ねはじめたところで目が覚めた。「ああ、そうか。終わったんだ……」。
「今思えば、素人が北海道に来てパンを作って販売するなんて、無謀なことをしたとも思います(笑)。でも、まちづくり会社の皆さんや食品加工センターの皆さん、食材を用意してくれた皆さん、チラシを貼るのを許可してくれた店舗の方々、そして4期の仲間たち。本当にたくさんの方々から協力をいただけたことでチャレンジを終えることができました。上士幌では、日常では決して体験できない最高の時間を過ごすことができました」
「まちづくり会社の八下田洋子さんには本当にお世話になりました」となわっちゃん。八下田は、ハレタ企画担当としてサポートした
上士幌の人たちに触れて生き方を考える
「MY MICHI プロジェクト」での体験は、進路に悩んでいたなわっちゃんに、生き方を考える大きなきっかけも与えてくれた。
プログラムを通じて、たくさんの町の人たちとも触れ合った。上士幌で出会った多くの人たちは、自分の意思で仕事を選び、誇りを持って働いていた。自分で仕事を選んでいる人は覚悟が違う。周りに流されることなく、自分がやりたいことやり、仕事を楽しんでいる。
中でも印象に残っているのは、糠平でネイチャーガイドをしていた上村潤也さんの言葉だ。
糠平のネイチャーガイド・上村さんの言葉が耳に残っている
「上村さんは、以前はサラリーマンをしていて、東京から移住したとおっしゃっていました。糠平で自然ガイドの仕事に就いて、収入はサラリーマン時代の半分ほどになったそうですが、手元に残るお金は今の方が多いと言います。ここにすごく本質的な何かがある気がして、改めてこれからの生き方や働き方を考えてみようと思いました」
上士幌に来るまでは、休学期間が終われば大学に戻り、就職活動を再開してどこかの企業に入るだろうと思っていた。でも、それで10年後の自分が納得するのだろうか。やりたいことはやっていい。真剣に取り組めば、必ず応援してくれる人たちが現れる。もう少し時間をかけて、これからのことを真剣に考えていこう。
プログラム最終日のプレゼン。「上士幌の皆さんは本当に温かかった」と感謝を伝える
「僕も上士幌の皆さんのように、自分の好きなことや得意なことで自己表現ができるようになりたい。それが僕の『マイミチ』。妥協せずに、自分が納得できる生き方を追求していきます」
この先の人生でも、きっと悩むことはあるだろう。生き方に悩んだならば、上士幌での体験と、この土地で出会った人たちを思い出そう。
縄田柊二は、未来に向かって歩き始めた。
TEXT:コジマノリユキ
2018年4月より上士幌町在住のライター。1976年生まれ、新潟県出身。普段は社内報の制作ディレクターとしてリモートワークをしています。写真も撮ります。マイブームはけん玉。モットーは「シンプルに生きる」。
「大切にしたい生き方を、未来の私に約束する」-石井日奈子・マイミチストーリー
北海道・十勝の上士幌町で「遊ぶ・学ぶ・働く」を体験する1カ月間の滞在型プログラム、それが「MY MICHI プロジェクト」だ。2021年7月〜8月に第4期が開催され、全国から5人の若者が参加した。5人は何を思いこのプログラムに参加したのか。それぞれの「マイミチストーリー」がそこにある。
MY MICHI 4期生
石井 日奈子(ひな)
|いしい・ひなこ|1999年生まれ、東京都出身。大学ではメディアと社会の関わりについて学ぶ。旅行や漫画、歩くことが好き。地域活性化に興味があり「MY MICHI プロジェクト」に参加。ニックネームは「ひな」。
「今の自分は本当の自分じゃない」就職活動で抱いた心の葛藤
就職活動が始まった。
エントリーシートを提出し、試験を受け、面接へと進む。ひなは、いくつかの企業で面接を受けていくうちに、「面接を受けている今の自分は本当の自分じゃない」と感じるようになっていた。
好奇心が旺盛なひなは、一つのことに没頭するよりも、いろいろな経験をしてみたいと思うタイプだ。だが、面接でそれを伝えると物事を継続できない人間と捉えられてしまう。
リーダーシップがあり、主体性を持って行動でき、周囲を巻き込んで何かを成し遂げられる……企業が望むのはそんな人材だ。面接官に好印象を残すためにそんな人材を演じ、綺麗事ばかりを並べていく。やってもいないことをやったと嘘をついたこともある。面接官の前にいる自分は、偽った自分。ひなは、そんな自分が次第に嫌になっていた。
好奇心旺盛なひな。チャレンジできることは何でもやってみる
また、電車に乗れば疲れた顔のサラリーマンばかりが目に留まる。「私も社会に出たらこんな大人になってしまうのでは……それなら大人になんかなりたくない……」。そう思うと社会人になることが怖くて仕方がなかった。
友人たちは次々に進路を決めていく。だがひなは、どうしてみんな素直に就職の道を選ぶのかが疑問だった。進路を決めるのは、人生でとても大きく、大切な決断のはずだ。なぜそんな重要な決断を簡単に下せるのだろう?
プログラムでダウンヒルサイクリングを体験。十勝三股での一コマ
自分はまだ内定をもらえていない。面接で落とされる理由もわからない。物事をうまく進められない自分に苛立った。将来はどうなってしまうのだろう? そんな不安が心を苦しめた。
周りとのペースも合わず、就職活動に疲れてしまったひなは、何に対しても興味を抱けなくなっていた。何もしたくない無気力な状態が続いている。
そんなときだ。インターネットで「MY MICHI プロジェクト」を見つけたのは。
「地域の役に立ちたい」その思いでプログラムに参加
「『MY MICHI プロジェクト』を見つけたときにはビビッときました。応募は直感ですね(笑)。元々、地域活性化に興味がありましたし、就職活動でモヤモヤしていたので、その気持ちが解消されるかもしれないという期待もありました」
東京生まれのひなは、現在大学4年生。就職活動をしている中、インターンシップの応募サイトで「地域活性化」と検索して出てきた一つが「MY MICHI プロジェクト」だった。
「小さい頃から、茨城県に住んでいる祖母の家に遊びに行っていたのですが、昔は賑わっていた界隈が少しずつ寂れていく様子を見て、寂しさを感じていたんです。それで、活気ある地域をつくるにはどうすればいいのだろう? ということを考えるようになりました。それが地域への興味のきっかけです」と、ひなは話す。
ナイタイ高原牧場で。上士幌でしか見られない絶景に感動
そんなひなは、高校生のときには、石川県の農村でボランティア活動を経験し、農業などを手伝った。過疎化が進み、住む人も少ない地域であったが、都会にはない自然や空気がそこにはあった。
また大学時代にもフィリピンでボランティアを経験した。1カ月間ホームステイをして、植林活動や現地の学校を手伝った。ボランティア活動を通じて、人の役に立つ喜びも知ることができた。
そんな経験から、いろいろな地域を見てみたいと思うようになった。その土地、その地域のために何か役に立つことがしたい。ひなはいつからか、そんな思いを抱くようになっていた。
4期の仲間たちと。左から、ひな、なわっちゃん(縄田柊二)、りーたん(田中理紗子)、あかりん(伊藤あかり)、こなつ(野中小夏)
「十勝・上士幌という場所もポイントでした。実は中学生のときに、家族旅行で糠平に来たことがあるんです。それも思い出して、北海道で地域の役に立てることをしたいという気持ちになりました」と、ひなは振り返る。
こうして「MY MICHI プロジェクト」に参加したひなだが、思わぬ悩みと直面することになる。
「私はここに、何をしに来たのだろう?」
ひなは、元々は第3期で参加する予定だった。しかし、首都圏に緊急事態宣言が出ていたことで3期開催が中止になり、4期生として参加することとなったのだ。このとき、ほかの4期メンバーはすでに決定していて、ひなは後から加わったメンバーであった。
「3期を中止する連絡があって、その後で4期は開催するからそこになら一緒に参加できると案内がありました。参加を決めたのは開催2週間前で、ちょっと慌ただしかったんですけど、チャンスは逃したくないと思って決めたんです」
このとき、先に参加が決定していた4人は上士幌で活動するテーマを決めるために、何度かのリモートミーティングを繰り返していた。そこにひなも加わり、ひな自身のテーマを決めるための議論を重ねていった。だが、結果ひなだけはテーマを決めずに参加することとなる。
「深掘りしていく時間がなかったんですよね。子供の頃から本を読むことが好きだったので、上士幌での経験をストーリーに綴ったらどうかというアイデアもあったのですが、それだとそれを書くためにプログラムに参加していることになる気がして。本来私がしたかった体験ができなくなると思ったんです。それで主催のまちづくり会社の方にも相談して、私はテーマを持たずに参加することになりました」
急きょ4期に参加することとなったが「参加して本当によかった」と話す
そうして4期生として参加したひなだが、参加してすぐにちぐはぐな気持ちに陥ってしまう。それは、ペップトークというワークを行った後に抱いた心境だ。
「ペップトークは、お互いのことを話し合って気持ちを高めていくワークです。みんなはどんどん深い話をしていくのに、私はあまり自分のことを話せなかったんです。私は途中参加という意識がどこかにあって、なかなか心を開けなくて。それで不意に、『私はここに、何をしに来たのだろう……?』という気持ちになってしまって、落ち込んでしまったんです」
そんな気持ちになってしまったひなは、プログラムに参加していても、シェアハウスでも、疎外感を感じて過ごしていた。今では、それは自分がそう思い込んでいただけだったことを理解しているが、そのときは気づいていなかった。
仲間たちを理解し、お互いを支え合える関係に
「心の中ではみんなと仲良くなりたいとずっと思っていたのに、なかなか自分から踏み込めませんでした。でもそんな私に対して、みんなはすごく優しく接してくれて。それで少しずつ自分のことを開示できるようになりました」
プログラムで一緒に過ごす時間が増えると会話も増え、お互いのことを理解できるようになっていく。辛い過去を開示してくれるメンバーもいた。そうしているうちに、ひなも自分のことが伝えられるようになっていった。
こなつの食材探しで、一緒に農家さんを手伝う
こなつは、ひなが悩んでいる様子を察してか、よく話しかけてくれた。その優しさがうれしかった。あかりんは、話しているといつも安心感を感じて、心を許せる存在だった。りーたんは、初めは気が強そうに見えて、緊張しながら会話をしていた。でも他人の気持ちを誰よりも思いやれる人だった。なわっちゃんは、真面目そうに見えるが少し抜けているところもあり、それが可愛らしいと思った。
「ちょっと時間はかかりましたけど、仲間たちとも打ち解けられるようになってきて、少しずつ自分の中に変化を感じるようになりました。みんなそれぞれ個性があって、得意不得意を持っている。自分が苦手なことは、他の得意な誰かが埋めればいい。そうやってお互いを支え合うことができる関係になりました」
なわっちゃんの「マラサダカフェ」もスタッフとして参加
仲間たちと信頼関係を築いたひなは、自分だけテーマを持っていない分、ほかのメンバーのテーマを全力で応援した。みんなそれぞれに悩みながらも、やりたいことを実現させるために頑張っていた。そんな仲間たちを支えることは、ひな自身の喜びとなった。
なわっちゃんのマラサダカフェ、あかりんのヒーロー企画、こなつの0円食堂、仲間たちと喜びを共有した時間は、ひなにとってもかけがえのないものとなった。仲間たちに支えられて共に過ごした1カ月間は、一生忘れることのできない素晴らしい思い出となった。
あかりんのヒーロー企画でPOPづくり
「私も、上士幌の人たちのようになりたい」
ひなは「MY MICHI プロジェクト」を経験したことで、一つの道にとらわれない、いろいろな生き方があることを知った。
上士幌には「自分がこうありたい」「他人にこうしたい」と、自分の意志で行動している人たちがたくさんいた。自分のことだけを考えるのではなく、他人を思いやる気持ちを持った人たちに出会った。そんな町の人たちと触れ合っているうちに、自分もこんな大人になりたいと思うようになっていた。
上士幌での一つひとつの経験が、ひなにとってかけがえのないものとなった
「上士幌の皆さんは、『ひなちゃんはどう思う?』って、私の意見や考えを聞いてくれました。そして私の言葉にきちんと耳を傾けてくれた。それがすごく嬉しかった。本音で話すことを怖がる必要はないんだなって、受け止めてくれる人は必ずいるんだって思いました」
就職活動中は辛い記憶しかなく、社会に出ることや将来への不安で押しつぶされそうになっていた。でも、この上士幌での体験を得て、生き方は自分で決められることを知った。自分の未来を悲観することなく、楽しみに思えるようにもなっていた。
自分の生き方を縛り付けていたのは、ほかでもない、自分自身だった。
プログラム最終日。仲間たちと、上士幌の皆さんに心から「ありがとう」
ひなは、9月から大学を1年間休学することに決めた。この時間を使って、自分自身の心の声をしっかり聞いていこうと思う。自分が本当に好きと胸を張って言えるもの、のめり込めるものを見つけたいと思う。
上士幌で出会った人たちは、自分だけの好きなものを持っていた。世の中の評価や価値観ではなく、自分自身の価値観で動いていた。他人のためにも、損得ではなくやりたいという気持ちで動いていた。
「私も、上士幌の人たちのようになりたい。上士幌への感謝は、この先絶対に忘れません。お世話になったすべての皆さんに、ありがとうを伝えます」
上士幌で得たかけがえのない大切なものを、これからも忘れることなく生きていく。それを未来の自分に約束したい。それが石井日奈子の「マイミチ」だ。
TEXT:コジマノリユキ
2018年4月より上士幌町在住のライター。1976年生まれ、新潟県出身。普段は社内報の制作ディレクターとしてリモートワークをしています。写真も撮ります。マイブームはけん玉。モットーは「シンプルに生きる」。